秋田幸宏(あきた さちひろ)
1941年、旧岩木町生まれ。67歳。弘前市常盤野で「山の家 ぶなこ」を経営する傍ら、岩木山の四季折々の表情を30年以上にわたって撮り続けている。また「四季をふむ会」の会長として、ブナ林やかまくらを舞台としたコンサートを開くなど、岩木山の豊かな自然を広く紹介するさまざまなイベントを企画している。
秋田幸宏(あきた さちひろ)
1941年、旧岩木町生まれ。67歳。弘前市常盤野で「山の家 ぶなこ」を経営する傍ら、岩木山の四季折々の表情を30年以上にわたって撮り続けている。また「四季をふむ会」の会長として、ブナ林やかまくらを舞台としたコンサートを開くなど、岩木山の豊かな自然を広く紹介するさまざまなイベントを企画している。
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夏の暑さも過ぎ、空気も冷たくなったような気がする。こんな時はよくここに来る。
静かな水面にはカモが泳いでいたが、人の気配に気付き向こうの茂みに隠れた。
しばらくすると波紋が消え、岩木山が水面に映り、朝日も出始める。一瞬、景色が明るくなり木々は光を浴び始め、自分の体も温かくなる。シャッター音が心地よい。岩木山もきっと心地よいことでしょう。
これからの水芭蕉沼は紅葉も始まり、水面にはヒシの姿も目立ち、やがて実をつけるだろう。
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朝霧の漂う日は1年を通して数回よりしかない。こんな条件に巡り合うと、どきどきする。
この雲、朝霧はどう変化していくのだろうか、絶対逃してはならない、そう心に言い聞かせながらシャッターを押し続けた一枚だ。
この場所は昔、南部藩の馬の放牧場だった所で、後に藤田農場になり、今その時の水路の上にいる。
昔の人もこの景色を見て心を癒やされたことだろう。いつまでもこんな景色を残したい、残ってほしい。
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朝早く玄関に出てみると、高原に朝霧が漂っていた。車の窓は水滴でよく見えない。
撮影場所に着き、日の出を待った。トウモロコシ畑に行く人が手を上げ、あいさつをしていく。
ふと、昔のことを思い出した。この場所は「ゆりやま」といわれていた。辞書によると人が集まる場所らしい。
ここにあるのは、都はるみコンサートを開いた時の思い出の一本の小さな木だ。
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十月に入ると岩木山は紅葉の時期に入り、撮影日が多くなる。
朝起きると空は抜けるような青。早速車で出掛けると、窓越しに見える景色は朝霜で真っ白、野の花は名残惜しむように咲いていた。
田んぼの稲は棒に掛けられ、朝日を浴び、乾燥していくのだろうか。
カメラを取り出し車から降り、歩き出すと懐かしい音がする。水たまりが凍り、その氷を踏み砕く音、子供のころよく遊んだ音、自然が遊び場だった幼いころを思い出す。