わさおの物語〈第3部 奇跡とその後〉

 

2020/10/28 水曜日

 

 第3部では、わさおが観光と経済にもたらした奇跡とわさお死後の動き、そしてこれからを紹介する。

 

 

 

 

 

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観光=1

 

「わさお一家」総出で鯵ケ沢駅観光駅長として登場したわさお(中央)=2018年4月

 鯵ケ沢町の人気犬わさおのブームを物語るエピソードがある。2011年の東日本大震災から、ようやく落ち着いたある祝日、わさおの“出勤”先である同町南浮田町のきくや商店前数百メートルに路上駐車の列が並んだ。わさお目当てだった。あまりの混雑ぶりに、交通整理担当として雇われた木村実枝子さんは、当時の様子を「近くのコンビニから店の前まで40、50台が駐車して、私が車の整理をしてたんだよ」と振り返った。
 わさおがいる同町に注目が集まるとともに、わさお自身も数々の肩書を持ち、町や本県の観光PRに貢献した。肩書とは町特別住民(09年)、町特別観光大使(10年)、世界遺産特別大使犬「ワンバサダー」(11年)、JR鯵ケ沢駅観光駅長(同)のことだ。
 わさおが死亡した今年まで10年連続で観光駅長に委嘱してきたJR秋田支社によると、起用の狙いは東日本大震災からの一日も早い復興を願い、鯵ケ沢町を元気にする応援団になってもらうためだった。JRの各種イベントで、わさおがホームに登場し、出迎えや見送りをした。同支社は「多くのお客さまを笑顔にしていただきました」と感謝の気持ちを示す。
 秋田犬長毛種の「わさおらしさ」を競った「わさお大賞コンテスト」もわさお人気や町を盛り立てたイベントの一つだ。開催時には県内外から数多くの犬と飼い主が訪れた。18年8月のコンテストで愛犬の白鳳(3)が大賞を獲得した中里小学校6年生の藤井唯華さん=中泊町=は、わさおを通じて鯵ケ沢町を知ったといい「わさおがいて、いい町だなと思いました。『(白鳳は)わさおに似てる犬』と言われますが、有名になったのかな?」と照れ笑い。
 杉沢廉晴町観光協会会長は、わさおが多くの人を魅了した理由を「捨て犬からヒーローへ、母さん(故菊谷節子さん)の愛情、そのストーリー性が非常に興味を持たれるんです。海外の方から『なぜ、単なる犬にそんなに着目するのか』と問われ、そう説明すると納得してもらえるんです」と語った。

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経済=2

2020/10/29 木曜日

 

これまで作られた、わさお関連商品の数々(わさおプロジェクト提供)

 150億円-。鯵ケ沢町の人気犬わさおが2008年から3年間で創出した経済効果だ。11年以降は定かではないが、相当額とみられる。算出した町観光協会によると、内訳はメディア露出による広告換算分100億円、観光収入が50億円だ。結果、同協会の財政を潤わせ、町から交付された運営補助金を返納した年もあったという。
 テレビや新聞、映画などメディアへの露出は言うに及ばず。わさお目当てに多くの観光客が来県し、町を訪れ、結果として町の知名度を高め、多額の経済効果をもたらした。
 その一翼を担ったのが、わさおのイラストや写真などを使った「わさおグッズ」だ。第1弾の「わさおTシャツ」は08年12月に発売され、評判を集め、売れた。その後、文房具や縫いぐるみ、食品といった各種わさおグッズが登場し、その数は100近くに及んだ。
 11年12月ごろから「わさおサブレ」(商品名・『わさおに会えたよ』)を製造、販売している「銘菓の店 山ざき」(鯵ケ沢町)の山崎康裕代表は「花型の抜型をペンチで加工、試行錯誤し製品化しました。わさおの威を借りてお土産品として売れてます。町民より、旅行で鯵ケ沢を訪れたお客さまに買っていただく方が圧倒的に多いと感じます。わさおには感謝の言葉しかありません」と売れ行きに手応えを感じている。
 グッズ使用に関する商標権は、わさおの支援団体「わさおプロジェクト」が持ち、企業・団体からの申請を判断、許可後に商品化されるという流れだ。工藤健代表は「グッズの売れ行きはこの5、6年は安定している感じ」と最近の動向を説明した。
 今後のわさおグッズの展開はどうなるのか-。工藤代表は「忠犬ハチ公のような、地域のシンボルとして、お土産素材になるなら作り続ける意味がある。他の人たちはどう考えているのか分からないけどね」と語る。町観光協会の杉沢廉晴会長は「みんなの心にわさおがあり続けるまで、これからも今の形で売っていきたい」と明言した。

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