Voice(ボイス) 津軽のトップインタビュー

 

続けることの難しさ=2

2019/9/1 日曜日

 

弘前天賞堂(弘前市)
 代表取締役社長 三上美知子さん(69)
弘前市代官町の本店店内にて

 自己紹介でのつかみ文句は「てんてんてんの天賞堂でございます―」。このひと言で「あー、あの店の!」と分かってもらえるだけのテレビコマーシャルをつくった。
 自他共に認める仕事人間。「若い時はいろいろなアイデアが浮かび、それをいかに形にしていくかを常に考えていましたよ」
 差別化を図れるインパクトある広告にしたいと、コマーシャル出演をお願いしたのは民謡歌手の黒石八郎さん。「てんてんてんの天賞堂~」と八郎さんが明るい声で歌うフレーズの元は、子どもたちが小さい頃に口ずさんでいたものだ。
 生まれは東京。実家は今の業種と同じ宝石や貴金属の小売り、宝飾品の輸入、加工などを行っていた。前社長で夫の清吾さんとは東京の眼鏡専門学校で知り合い、結婚を機に弘前に移った。
 清吾さんが病を患ったことで3年前に社長に。それまでも営業や接客、銀行や税務署などとのやりとりは自身が行っていたため「自然体で気負うことなく」就いた。
 全てのことに責任を取れるのが「社長」と言う。「お金のこともだし。どんなお客さんが来ても平気。ひどいクレーマーも私が対応しますよ」
 店は貴金属の買い取りでは県内のパイオニア。中でも難しいとされるダイヤモンドの鑑定・買い取りは自ら行う。厄よけに長いものを持つ風習から、パールのネックレスを売り出す「パールフェア」も25年前に先駆けて始めた。入卒を控え、商売が低調になると言われる「二八(にっぱち)」の2月にぶつけて。「先駆者的なことをしてきました。批判するのは簡単だけれど、ものを生み、形にするのはどれだけ難しいか―」
 弘前商工会議所で女性会の会長のほかに常議員を務めるが、女性は自身を含めて2人。男性が多い場に女性の声を届けるため、幅広い視点で世の中を見る機会が増えた。
 座右の銘は「目配り、気配り、心配り」の「三つの配り」。思ったことを貫くためには相手が何をしてほしいか考え、周りに気を使い、優しい気持ちで接するのを心掛けている。
 10年、20年先を見越してこつこつやってきた。商売人の父を幼い頃から見てきたからこそ「続けるのが大変」なのは身をもって分かっている。「いつ(店が)つぶれてもいい覚悟はできているの。そのくらいの気構えがなければ商売できないですよ。普段こんなこと言わないけどね」

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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「人」が社会をつくる=1

2019/8/18 日曜日

 

弘前公益社(弘前市)
 代表取締役 清藤哲夫さん(69)
弘前市南城西の公益セレモニーホール前にて。初めて手掛けた葬祭ホールであり「出発点」と語る

 弘前商工会議所会頭にアップルウェーブ社長、弘前観光コンベンション協会顧問―。今ある肩書は40ほど。分野も観光、商工、文化、医療、教育と幅広い。
 これらは「世の中とどう関われるか」「街のために何ができるか」を考えて積極的に外に出ていった結果だ。
 教えてくれたのは弘前青年会議所。(1)指導力開発(2)経営者開発(3)社会開発(街づくり)。その理念は会社の品質方針にも表れている。
〈私達は仕事を通して信頼され、地域社会のお役に立てる会社でありたい。〉
 祖父謙次郎が明治25(1892)年に興した清藤造花店に、24歳で入社。父謙二の代までは、祭壇に飾る造花を作っていた。業界の将来を考えて県内の同業者を訪ねて話を聞いたが、答えをもらえなかった。仙台、東京と行っても結果は同じ。答えがあったのは意外にも北海道だった。
 そこにあった「冠婚葬祭互助会制度」と「葬祭ホール」に、「清藤造花店のままでは戦えない」と思った。造花を作る「製造業」から葬祭全般を請け負う「サービス業」へのシフトを決意。当時50代後半だった父は「もう自分の時代ではない。任せる」と言ってくれた。株式会社化して社名を弘前公益社にし、32歳で代表取締役に。「おやじが僕を信じてくれなければ、今の会社はなかった」と振り返る。
 「誠実」を信条にやってきた。武富士事件(※編注)の後、当時の武富士社長から電話があった。「市内で一番格の高い寺で(葬儀を)やりたい」
 朝に普段通り出社していった人たちが午後には亡くなって帰る。被害者遺族のやり場のない怒りと悲しみを考えれば、儀式をどうするかよりも「ご遺体の安置とご遺族の希望を聞くのが先です」と話を戻し、社員を遺族の元に向かわせた。
 遺族の心に寄り添って「送る」「弔う」が仕事の原点。葬祭業が「究極のサービス業」だと言われるゆえんもそこにあると考える。だからこそ強く訴えるのは人材育成の大切さ。社員と経営者との信頼関係が、会社が社会から信頼されることにつながるからだ。
 「全ては人だよ。人が社会をつくるんだ」
 良い会社も良い街も「人」次第なのだ。
※編注 武富士事件=2001年5月、消費者金融「武富士弘前支店」で起きた強盗殺人・放火事件。ガソリンによる放火で5人が亡くなった

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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  津軽地方の経営者たちの思いを尋ねます。

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