Voice(ボイス) 津軽のトップインタビュー

 

サッカーで循環生む=15

2020/4/19 日曜日

 

ブランデュー弘前(弘前市)
 代表取締役 西澤雄貴さん(33)
弘前市豊田の弘前市運動公園球技場にて

 10年間の公務員生活に昨年、終止符を打った。32歳で得た新しい肩書は、社会人サッカーチーム「ブランデュー弘前」の運営会社社長。「社長インタビュー? もちろん初めてですよ」
 サッカーとの出合いはJリーグが開幕した小学1年生の時。華やかなスタジアムや選手を見て、サッカー選手になりたいと思った。部活動ができる小学校4年生から本格的に始め、中学・高校もサッカー部に入部した。
 東京の大学に進み、フットサルの社会人チームに所属。体を動かす程度だったサッカーとの関わりは、就活も終わった4年生の秋に激変する。
 偶然にも、後にブランデュー弘前を立ち上げる黒部能史さんのブログを見つけた。そこに書かれていたのは〈弘前にJリーグチームをつくりたい〉という言葉だった。
 大学の講義がきっかけで、地元をスポーツで元気にしたいと考えていただけに衝撃を受けた。
 「同じ思いの人が弘前にいる。こういう活動がしたい」
 東京のベンチャー企業の内定を辞退して地元に就職。前身の「リベロ津軽」社会人チームの選手になった。
 ブランデュー弘前が発足した2012年から15年まで主将を、16年からはチームを運営するNPO法人で副理事長を務めた。Jリーグ昇格を見据え、運営を株式会社にするタイミングで昨秋、社長に就任した。
 「たくさんの方に支えられているのが会社の強み」。遠方の試合にも足を運んでくれる個人サポーターは約200人。スポンサー企業は約200社で、所属する地域リーグレベルでは多い方という。食事や車両の提供、トレーニング施設の利用のほか、弘前大学整形外科学講座とは今年、初の公式協定を結び、メディカルチェックを受けられるようになった。協賛金以外の多彩な支援・協力もまた、選手の競技力向上とモチベーションアップにつながっている。
 目指すのは「スポーツによる人とお金の循環」。現に選手の雇用や域外サポーターの来弘といった循環が生まれているが、地域課題の解決や新ビジネスにつなげるため、より多くの企業や人と関わっていく仕組みづくりに、日々まい進する。
 好きな言葉は「夢は逃げない。逃げるのはいつも自分だ」。
 チームは次の段階に進んだ。「諦めなければ『夢に近づく』というのを、身をもって体感しているところです」

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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創造と革新で世界へ=14

2020/4/5 日曜日

 

二唐刃物鍛造所(弘前市)
 代表取締役 吉澤俊寿さん(62)
弘前市金属町の刃物製作の工場内にて。手にしてもらったのは「暗紋」シリーズで思い入れのある山刀。伸びしろがあると話す刃物事業。アジアの見本市出展や職人の増員、SNSでの動画配信も考えている

 経営者である前に職人でもある。難しいのは製作に向いた時の集中力の切り替えだ。
 「石にかじりついてでも納期を守る」職人気質を持つものの、決して保守的ではない。「もの作りのプロこそが一番のPRマンであるべき」と接客や販売に力を入れ、「トップこそ頭を下げないと」と営業に回り、取引先には頻繁に顔を出す。
 藩政時代の刀鍛冶の技術を継承する鍛冶職人の7代目。6代目で叔父の二唐国次さんに男子がなく、後継者にと請われたのは中学2年生の時だった。以来、学校の長期休暇には刀匠で5代目の祖父二唐国俊さんの下で、手伝いを始めた。
 入社は大学卒業後。「一回り年上の兄弟子は中学卒業から入っていて、自分はスタートが遅いと感じていました。不器用だし、くすぶっていました」
 転機は25歳。東京の物産展で初めて対面販売をした。作務衣(さむえ)を着て、実演販売する包丁職人の商品が売れていくのを見て「いい包丁だろうが、売れるものを作らないと意味がない」と気付いた。「それが刃物屋としての私のスタート」
 23に及ぶ工程の刃物作り。努力で似たものは作れても、さらに高みを目指すには感性が必要だと力説する。読書に音楽、ファッションが好きで、眼鏡は気分で変える。さまざまなものに触れ、視野を広く持つことで「アイデアが出てくるんです」。飽くなき探求心と自由な発想は、複雑な渦巻き模様が特徴の「暗紋」シリーズといった、独創性のある商品を生み出してきた。
 近年、自社の刃物が海外で高く評価され、見本市出展のほか、海外からの視察や注文が増えた。量産体制を目指すとともに、コミュニケーションを取れるようになりたいと、英会話教室にも通う。
 65歳で会長職に退くと公言している。その時8代目の長男・剛さんは36歳。自社の話だとした上で「パワーあふれる年代でトップになるべき。次の世代の商売のカラーがあるので、自分のやり方は押し付けない」。会社は“生き物”で、絶えず変革が必要だからだ。
 社会の変化とともに経営環境が変わると、鉄構事業が売り上げの多くを占めるように。しかし「刃物は自分の代でなくすわけにはいかない」との思いでやってきた。
 ルーツは弘前藩から作刀を命じられた江戸時代初期までさかのぼる。「400年近い歴史を受け継いでいる自負はあります」
 伝統の技術を絶やさないよう、創造と革新で世界に打って出る。

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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まずは一歩踏み出す=13

2020/3/15 日曜日

 

ANEKKO(弘前市)
 代表取締役 村上美栄子さん(59)
弘前市宮地の施設内にあるレストランにて。直売所や自社の畑で取れた野菜を使うなど、地産地消に努めている。手にしてもらったのは嶽きみを使ったオリジナル商品のロールケーキとドレッシング

 農家の所得向上や地域活性化につながる農産物直売所の発想が浮かんだのが40歳。45歳で農業生産法人の代表となり、47歳の時には国の補助金を受けて、交流スペースを併設した直売所、レストラン、市民農園が一緒になった総合交流拠点施設を、岩木山を一望できるバイパス沿いにオープンさせた。
 結婚後は肥料や農薬、食品などを販売する夫・岩男さんの実家の家業を手伝っていた。客はほぼ農家。作った野菜が安く取引され、収入が労働に見合わないといった悩みを聞く機会が多く「何かしたい」とずっと考えていた。
 社名は津軽弁で「お嬢さん、お姉さん」を意味する「あねっこ」をローマ字表記に。自身の思いに共感した出資者13人のうち12人が女性であり、地域女性の活躍を願って付けた。直売所に農産物を納める会員約140人のうち8~9割が女性だ。
 「こんなにおいしいトウモロコシがあると嫁いでから知った」弘前市岩木地区特産の嶽きみ。会社は旧岩木町の「嶽きみオーナー制度」を引き継いだほか、生果では流通・販売できないB級品の活用と、収穫期間が短い嶽きみを一年中提供するため、6次産業化に着手。県内外の企業と協力し、粉状にしたものを菓子やドレッシングなどに加工して販売している。
 交流拠点施設として多種多様なイベントや講座を企画するだけでなく、地域文化の継承も目指す。途絶えていた地区の仮装盆踊り大会を復活したり、かつて多くの家庭で作られた干しもちでコンテストを行ったりした。地元に伝わる大絵馬の歴史を残したいと「津軽絵馬研究会」を有志たちと立ち上げ、会社は事務局を務める。
 座右の銘は「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない」。迷っていてもとにかく一歩踏み出す姿勢でやってきた。
 「オープンからレジ打ちも接客も皿洗いもトイレ掃除もしてきた。社長室もないし」と話し、社員との距離は近い。社員からの提案・アイデアがあれば吸い上げ「面白そう。やってみるか」―で、すぐ実行に移せる“機動力”は会社の強みだと考える。
 2018年にはオープン時の1・8倍となる21万7600人が訪れた。講演する機会やメディア出演も増えた。「でも『実るほど頭を垂れる稲穂かな』で、てんぐになってはいけない。(起業してから)いろんな人との出会いが得られた。それは財産ですから」

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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交通教育で日本一に=12

2020/3/1 日曜日

 

ムジコ・クリエイト(弘前市)
 代表取締役社長 新戸部洋輔さん(60)
弘前市和泉の弘前モータースクールの校舎前にて。社員70人、車両108台を抱える同校。全車種の免許が取得できる

 県内最大規模を誇る「弘前モータースクール」をはじめ、4校の自動車教習所を運営する。さあ行こう 君を乗せて鳥のように―で始まる同教習所のコマーシャル曲が、青森県民なら誰でも歌えると、テレビ番組で紹介されたことも。「県内では(社名より)モータースクールの方が認知度があります」
 1961年に「弘前中央自動車学校」として創業して以降、先進機材の導入や新しい
教習手法の開発、法制度の改革、自動車教習所で日本初のISO(国際規格)取得―といった先進的な取り組みを常にしてきた企業だ。
 「自動車教習所で一流になろう」との思いで会社を興した父の満男さん、顧客第一主義を業界でいち早く掲げ、全県の教習生数が減少に転じた後も卒業生を増やしていった兄の八州男さん。2人の意志を受け継いで2018年、代表取締役社長に就いた。
 「自動車教習所は斜陽産業」と話すように、少子化、若者の車離れ、都市部への人口流出などを背景に、本県の教習生数はピーク時の半分を切るまでになった。「人が集まる東京はまだ潤っているが、われわれ地方は危機感を持っている」
 長年行ってきた交通安全教育を企業向けに事業化したほか、ドローン(小型無人機)スクールを開講。「経営資源を有効に使える分野」で事業を拡大する一方、経営者として必要性を説くのは、企業活動を通じて社会的な課題を解決し、企業益と社会益を両立させる「CSV(価値の共創)」という考え方。「教習所で免許を取ってもらうだけでなく、交通事故を無くしていくことが持続可能な社会の役に立つ」からだ。
 「過去全て善」。船井総研創業者である故船井幸雄さんの言葉を、悩みがある時に思い返す。「起きたことを悔やんでも過去は変えられない。現在起きていることは必要・必然・ベストだと捉えると、くよくよせずに前向きになれる」
 創業50周年を機に会社は今後のビジョンを「日本一の交通安全教育研究会社になる」と決め、13年には経営理念を刷新。それに伴い、新理念を表した社名に変更した。目指すのは無事故(ムジコ)の社会をつくる(クリエイト)ことだ。
 「人口が減少し、高齢化も進んだ青森県だが、交通安全に関する部分で先進県になり、地方の教習所が持続可能な社会をつくるモデルになれたら」

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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ライフ充実で好循環=11

2020/2/16 日曜日

 

I・M・S(弘前市)
 代表取締役 三上友子さん(44)
弘前市土手町の本社内にある教室にて。最近増えているという企業研修。課題や要望を細かく尋ね、各企業に合った研修を提案している

 「ライフの充実があってこそのワークの充実」を公言し、社員にもワークライフバランスを大切にしてほしいと願う。「人生の多くの時間を、ここ(会社)にいてくれると思えばありがたいこと。社員を大事にしたい」
 社員が働きやすいようにと時短勤務や時差出勤、テレワーク、遅番専門といった多様な働き方を取り入れてきた。社内に自然と芽生えたのは「お互いさま」の意識。情報共有やフォロー体制が整っており、子育てや介護のためだけでなく、趣味や習い事で休んでもいい。私生活(ライフ)の充実が仕事での好循環を生んでいる。
 主な業務はキャリア形成支援。職業訓練やキャリアカウンセリング、企業向けの各種研修などを行う。業務上必要な国家資格「キャリアコンサルタント」の取得費用は会社負担。社員31人中、17人が資格保持者だ。
 15年前までは全国展開するパソコンスクールの弘前店で職業訓練講師を務めていた。ある日の会議で突然、全スクールの閉鎖が決まった。「弘前は利益を上げていたので、他店の業績悪化で続けられないのがもったいなくて。なくなると困ると言う方もたくさんいた。そこで初めて起業を考えました」
 専門家に頼むと費用がかかるため、全て自分で調べ、会社設立に必要な書類を用意。従業員は3人。29歳での起業だった。社名の「I・M・S」は「IT Management Support」の略。前職と同じパソコンスクールが当初のメイン業務だったこともあり、「情報技術全般の取り扱いを支える」との意味で付けた。
 女性の起業支援や、ひとり親の子育て支援など、社会的弱者を助ける活動にも携わる。現在、準備を進めているのは障害者が働ける場所づくり。「カウンセリングしていると発達障害の人が多いと感じる。『特別』じゃないと社会全体がもっと理解し、その人の特性を知った上で仕事をつくらないと」
 6歳の女の子を育てるシングルマザーでもある。子どものためにパートでしか働けずに困窮したり、手当ありきの生活になったりしている母子家庭の現状を憂う。「フルタイムで働いてキャリアを積み、子どもの手が離れた時にもう一度輝けるような仕組みが必要。母親が主体的にキャリアを考えるようになれば、子どもたちが変わっていくはずなんです」。来年度はシングルマザー向けのセミナーや勉強会を開く予定だ。

※続きは本紙紙面をご覧ください。

 

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