社 説

 

群馬防災ヘリ墜落 「教訓に情報共有と徹底点検を」

2018/8/18 土曜日

 群馬県の防災ヘリコプター「はるな」墜落事故から17日で1週間となった。県庁などに設けられた献花台には多くの人が訪れ、亡くなった乗員9人を悼んだ。一方、国土交通省が航空法違反の疑いを指摘するなど、ヘリの運用に関する問題も浮上。事実関係の確認が急がれる。
 はるなは10日午前9時15分ごろ、翌日全面開通する登山道を上空から視察するため、群馬ヘリポートを離陸。1時間半ほどでヘリポートに戻る予定だったが、同10時すぎに長野県との県境付近を飛行しているのが確認されたのを最後に消息を絶った。同日午後に県境の山中で大破した機体が見つかり、乗っていた県防災航空隊、吾妻広域消防本部の9人全員の死亡が確認された。
 現場の調査に当たる運輸安全委員会などによると、ヘリはほぼ水平に飛行して急斜面に衝突したとみられ、事故直前で急に速度を上げた形跡もあったという。ヘリは今年4月にエンジンの不調を修理。事故当時は大気の状態が不安定で、突風が吹く可能性もあったとされる。
 一方、16日には運用に関し、同省が航空法違反の疑いがあると発表した。群馬県が事前に伝達した飛行計画ではヘリポートを発着することになっていたが、実際には西吾妻福祉病院(長野原町)にいったん着陸して職員5人を乗せた上で離陸し、再度同病院に着陸してヘリポートに戻る予定だった。航空法では着陸した際に同省への報告が義務付けられているが、県からの報告はなかった。さらにヘリポートに到着していないのに、到着連絡をしていた。運行を受託する東邦航空(東京都)が未到着を伝えたのは、この連絡の約50分後。同省は誤った連絡で、捜索救難活動の開始が47分遅れたとみている。
 大破した機体や、乗員が全身を骨折する強い衝撃を受けていたことなどを見ると、仮に47分早く救助できたとしても命をつなぎ止めることができたかどうかは分からない。しかし、ずさんな運用に弁解の余地はない。同様の事案が恒常的にあったのではないかと疑念を抱かせる。
 事故の影響が広がる可能性も指摘されている。昨年度、はるなが緊急運航したのは救助、救急など190件で、救助の9割が山岳遭難。県のドクターヘリや群馬県警のヘリもあるが、機体が小さく山火事には十分に対応できないという。群馬県は相互応援協定を結ぶ近隣7県にヘリ派遣を要請するが、近年頻発している広範囲の自然災害を考えると、県民の不安は決して小さくないのではないか。
 防災ヘリは全国で導入され、人命や財産などを守るために不可欠なものになっている。はるなの事故原因究明を徹底し、ヘリを有する全国の機関で情報を共有するとともに、それぞれが適切に運用されていたかなどについて、過去にさかのぼっての点検を急ぐ必要がある。

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行政相談「身近な相談窓口を活用しよう」

2018/8/17 金曜日

 

 行政などへの苦情や意見、要望を受け付け、解決を図るとともに各種制度や行政運営の改善に生かす、総務省の行政相談。本県の青森行政監視行政相談センターや行政相談委員が受け付けた2017年度の行政相談件数は3183件で、16年度に比べて701件増えたという。
 全国では17年度の行政相談件数は15万6178件で、16年度を約8000件下回っているが、本県では逆の傾向。地域の公共施設などで定期的に相談会を開いたり、町内会などと懇談したり、地域を巡回して相談を受け付けるなどの地道な取り組みが件数の増加につながっていると思われる。積極的に相談を受けようという姿勢は住民にとってはありがたい。
 また相談の約3割は行政相談センターが、約7割は総務大臣の委嘱を受け、無報酬のボランティアとして活動する行政相談委員が対応したものだというから、本県の委員の熱心な取り組みのおかげでもあるのだろう。県内では各市町村に1人以上、合計86人の行政相談委員が住民の身近な相談相手として活躍している。
 公開されている相談事例をみると、内容は多岐にわたる。例えば「ポストの投かん口が車道側に向いていて、郵便物を差し出す時に危険」という相談。委員から連絡を受けたセンターが郵便局に対応を依頼、投かん口が車道側から歩道側に変わり、ポスト自体も新しくなったという。小さな事例だが、日常的に利用する住民が指摘しなければ見逃されがちだし、改善にもつながらなかっただろう。
 「案内標識が樹木の枝で隠れて見えない」「通学路にあるガードレールが低いため、小学生らが身を乗り出して水路に転落しそうになっているのを見た」などの相談も、関係機関が対応した結果、地域の安全につながった事例と言える。
 要望や苦情だけでなく、制度や手続きに関する照会も多く寄せられているが、行政機関にとって何ら疑問がなくても、利用者にとっては分かりにくい、使いづらいことが多々あるものだ。全国的には相談が行政の事務処理要領の改訂やシステム改修につながった事例もあり、行政相談の果たす役割は決して小さくない。
 厳格に言えば行政相談は国や独立行政法人の仕事、県や市町村の仕事の場合は国からの事務委託や国の補助金を利用しているものなどが対象となるが、センター側は「相談者はそれが国の仕事か、県の仕事か、よく分からないことが多い。何でもいいから相談してほしい」というスタンス。「どこに行けばいいか分からない」という相談者にとっては心強い。
 まだ広く知られているとは言えない行政相談だが、地域住民だからこそ気付ける改善点が身近にあるかもしれない。単に苦情を申し立てるというよりは、行政の不便な点を指摘し、行政と一緒により良い地域づくりを進めるという視点でもっと活用されてもいいのではないか。

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アウトプット展「周囲とのつながりもリアルに」

2018/8/16 木曜日

 

 県内の障害を持つ人が手掛けた造形作品を展示する「アウトプット展」が20日から、県立美術館で開かれる。制作者の感情や意欲がダイレクトに伝わる「リアルな表現」の数々が来場客を圧倒した3年前の第1回展をご記憶の方も多いだろう。表現することの本質に障害の有無は関係がないこと、表現行為は生きている証しの一つであることを気付かせてくれた展覧会だった。
 第2回となる今回の展示候補作品を拝見する機会に恵まれたが、「(前回展より)ますますグレードアップした」(主催する実行委員会の岩井康賴会長)との評価は素直にうなずける。会場展示に向けて候補作品を説明し、展示分類や方法について意見を交わす実行委員たちは一様に建設的で、多様な個性と表現を肯定する空気に満ちていた。個々の作品は展示のコンセプトと手法に応じて、隠れていた魅力と生命感を引き出される。会場での再見が待ち遠しい。
 今回の大きな特徴は、作品にとどまらず、制作の過程も含めて紹介する点だ。制作を支える人々・環境と、それらと制作者のつながりの要素を含めたインスタレーション的展示も試みる。今回の副題「ヒト・トコロ・コト 関係性のなかで」のコンセプトに基づいた企画で、映像やパネル、制作者の関連資料などを予定している。
 障害者の場合は、画材の準備、制作の時間・場所の確保、作品の保管などで、家族や教師、福祉事業所スタッフらの理解と支援がなければ、創作活動が難しい。実行委員の蒔苗正樹さんは「いろいろな周囲との関わりの中で、表現が作品として成立している」と指摘する。その意味では、インスタレーション的展示も、作品と呼応し、制作者のありのままを伝える「リアルな表現」の一つと言えるだろう。支援を必要とすることが、表現・作品の価値を引き下げるものでないことは言うまでもない。
 特別支援学校・学級の児童・生徒に加え、OBや福祉事業所利用者の作品も多く展示すること、その7割程度は新規出品であることも特筆したい。学校を卒業してしまうと、制作面に加え作品展示の場の確保はいっそう難しいと聞く。その意味でもアウトプット展は貴重な場であり、制作者には大きな励みにもなるだろう。前回展以降、青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)などでも、県内外の障害者による美術作品が紹介されている。こうした場がさらに増えることを望む。
 開催に先立ち、前回展の図録を兼ねた記録集「どう見える? 生きる跡 アート」(編・実行委)が弘前大学出版会から刊行された。アウトプット展開催の経緯とともに委員の熱意が凝縮された一冊で、第2回展の観覧に際して大きな参考となりそうだ。

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終戦記念日「次世代継承、考える機会に」

2018/8/15 水曜日

 

 15日は73回目の終戦記念日。政府主催の全国戦没者追悼式は東京都千代田区の日本武道館で開催され、日中戦争と太平洋戦争で犠牲になった約310万人を悼む。全国各地でも追悼式や慰霊祭が催され、多くの人々が平和と不戦の誓いを新たにする。
 来年4月末の退位を控えた天皇陛下と皇后陛下にとっては、今回が最後の追悼式出席となる。戦後60、70年の節目には太平洋戦争の激戦地となったサイパンやパラオを訪れ、今年3月には通算11度目となる沖縄訪問を果たすなど、戦没者の慰霊を大切にしてきた両陛下。戦争の記憶を持つ最後の天皇ということもあり、一つの節目の追悼式となるだろう。
 310万もの貴い人命が失われた先の大戦から70年余りが既に経過し、戦争の記憶も年を追うごとに薄れてきていることは否定しようがない。戦争を体験していない世代が国民の8割以上を占める一方で、戦争の記憶を持つ人の多くは80代以上の高齢になっている。戦争の経験を直接聞く機会は減少しており、今後も減り続ける。
 戦争体験者だけでなく、その遺族らの高齢化も進む。戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継いできた人たちの役割を、これから誰が、どうやって引き継いでいくのか。極めて難しいが、乗り越えなければならない課題だ。
 父を太平洋戦争で失った弘前市の舘浦善清さん(77)は、市遺族会長を経て岩木遺族会長を務める。「戦争で親を失った世代が減り、会ったこともない祖父が戦没者という孫世代に移行しつつある」と指摘。就職を機に地元を出た孫世代も多いためスムーズな世代交代は困難とし、将来的に遺族会が自然消滅する可能性を示唆する。
 その上で、遺族会が消えても、平和の大切さを次世代に伝える機会が失われてはならないと強調。「戦争は絶対に起こしてはならないもの。その思いが風化することが恐ろしい。少しでもわれわれの気持ちが若い世代に伝われば」と願う。舘浦さんをはじめ、遺族会の多くが同じような思いを抱いていることだろう。
 おそらくは多くの国民も、戦争の記憶を風化させてはならないと思っているのではないか。ただ、自分が行動しなくても誰かがやってくれるのではないか―などと考えている人も少なくないだろう。確かにこれまでは戦争体験者や遺族らが大きな役割を果たしてきたが、その取り組みは間もなく途絶えててしまう可能性が高まっている。そのことを認識しなければならない時期に来ている。
 平成で最後となる終戦記念日。不戦と平和への誓いを新たにするとともに、戦争をどのように次世代へ語り継いでいくかを国民一人ひとりが考え、行動していくきっかけとなるような一日になればと願っている。

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ボクシング連盟問題「抜本的な改革が必要」

2018/8/11 土曜日

 

 助成金流用や公式戦の審判不正、過剰な接待の強要などについて告発を受けた日本ボクシング連盟の山根明会長が会長、理事職から退いた。同連盟をめぐる一連の問題は、都道府県連盟の幹部ら333人による「日本ボクシングを再興する会」が、7月に告発状を日本オリンピック委員会(JOC)などに提出して発覚。その後の報道などで明らかになる問題、疑惑の数々は、それが事実とすれば、世間一般の常識からあまりにもかけ離れたものばかりだ。
 中でも審判の不正疑惑は、告発した団体が提出した証拠とされる音声データや関係者の具体的な証言を聞く限り、少なくとも特定の試合について、公正なジャッジが下されにくい環境にあったことは間違いのないように思う。審判の公正さは、その競技を成立させる大前提であるだけに、この一点をもってしても団体を代表する会長の責任は重い。また山根氏は、告発への反論過程で、反社会勢力との交友を認める発言までしている。数々の問題により、連盟の信頼を失わせ、混乱を生じさせたことを考えれば、辞任は当然の帰結と言えるだろう。
 ただ、今回の問題は、会長の辞任だけで終わるべきものではない。山根氏は辞任表明の際に謝罪はしたものの、質問には答えず、それ以前にさまざまなメディアで語った内容も告発された数々の疑惑について、多くを「一切ない」と否定しただけで、その内容は反論にすらなっていなかった。まずは山根氏自らが疑惑に関する全てを語って説明責任を果たすべきだ。さらに今回の問題では、助成金の不正流用など不透明な財政運営や審判の不正といった、いわば組織としての連盟の在り方についても数々の問題が浮上した。第三者委員会の調査で客観的な事実を明らかにし、それに基づいた再発防止策が早急に講じられるべきだ。今回の混乱で生じた連盟のマイナスイメージは、人事の刷新も含めた組織の解体的な出直しでしか払(ふっ)拭(しょく)できないだろう。連盟関係者は問題の重大さを改めて認識し、選手が憂いなくリングに上がることができる環境を早急に整えるよう求めたい。
 それにしてもスポーツ界では不祥事、問題が相次いで発覚している。女子レスリングでは、五輪4連覇を果たした伊調馨選手(八戸市出身、ALSOK)らに対するパワーハラスメント行為があり、日本大学アメリカンフットボール部では過剰な反則行為に端を発し、監督らが解任された。同じ日大では応援リーダー(チアリーディング)部内で特定の女子部員に対する監督や部員からのパワハラがあったとみられ、監督が解任された。絶対的な上下関係が生じやすいスポーツの世界はパワハラなどの問題が起きやすい環境にあると言える。スポーツ庁などの関係機関は、スポーツ団体の指導、監督に一層の取り組みが必要だ。

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