社 説

 

“有休”“残業”対策「拭い切れないちぐはぐ感」

2017/6/7 水曜日

 

 2018年度の企業の年次有給休暇(有休)取得日数について、政府は今年度比「3日増」を目標に掲げて企業に実現を促す方針だ。社員の有休取得を増やした企業には、代替要員の確保に必要な助成などの優遇措置を検討。有休取得率を向上させるため、労働基準法の改正で一定日数の取得を企業に義務付けることも視野に入れるという。
 この方針、直接的には、長時間労働の是正などを目的とした「働き方改革」の枠組みではない。働き方改革と併せて進める「休み方改革」の一環だ。
 休み方改革では、公立小中高校の夏休みなど長期休業の一部を自治体ごとに別の時期に移して分散させ、親子が一緒に連休を過ごせるよう促す取り組み「キッズウイーク」が盛り込まれている。保護者の有休取得を促すのが狙いで、今回の方針はこの補強策のようだ。
 政府はキッズウイークを18年度から導入したい意向。有休取得を促すことで、個人消費拡大や地方の景気回復も図るという。
 この方針自体に異を唱えるつもりは全くない。親子が一緒に過ごせる時間が増えるのは歓迎である。しかし、これらが政府の狙い通り制度設計できたとして、実現できる企業・自治体はどれぐらいあるのだろう。恩恵を受けられる家庭と受けられない家庭の間に格差は生じないだろうか。
 政府の調査によると、15年の有休取得率は48・7%。1人当たりの付与日数18・1日に対し8・8日しか取得しておらず、政府が掲げる目標「20年までに70%」には程遠い。いまだ有休の取得に冷ややかな職場は少なくないと聞く。それ以上に、業務の量や内容によって休みたくても休めない人も多いのではなかろうか。前述の優遇措置で業務の「量」の問題は解決できたとしても、「内容」の解決は難しい。高い専門性や能力が求められる業務ならばなおさらだ。その点が解決されなければ、休み方改革は画餅に帰しかねない。
 一方、働き方改革関連では、厚生労働省の労働政策審議会の分科会が、残業時間に罰則付きの上限を設ける労基法改正に向けた意見書に、休日労働の抑制を企業の努力義務として労基法の指針に明記するよう盛り込んだ。働き方改革に関する政府策定の実行計画では残業時間の上限を年720時間などと決めたが、720時間に休日労働を含まない点が上限規制の「抜け穴」になる―との批判があり、努力義務はそれに対応したものだ。しかし、努力義務である以上、その実効性は期待できない。
 働き方改革と休み方改革は不可分な関係にありながら、二つの方向性にはちぐはぐな印象を受ける。全ての人が享受できる労働環境改善に向けた、実効性の高い改革はできないものか。

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新幹線開業効果「津軽地区の企業に奮起を期待」

2017/6/6 火曜日

 

 北海道新幹線の開業効果を実感する県内企業が、開業時(2016年3~4月)から1年たって大幅に減少していることが、みちのく銀行の調査で分かった。「開業は好機」と躍起になる自治体と対照的であり、経済への波及効果を高めることが容易でないことが分かる。
 開業は「県内経済にプラスの影響を与えた」と回答した企業は、開業時の33・9%と比べて23・1ポイント減の10・8%。さらに、「自社にプラスの影響を与えた」との回答は開業時の14・8%と比べて10・7ポイント減の4・1%だった。
 10年12月に東北新幹線が新青森にまで延伸し、全線開業した時も同様だったと思われるが、開業時は周囲から注目されるため、地元でも漠然としたものながら期待感が膨らむのは理解できなくもない。しかし、当初の高揚感がいつまでも続くはずはなく、それが調査の数字にも反映されているのではないか。
 当然、要因は心理的なものだけではないだろう。調査によると、「開業に伴って何かしらの取り組みをした」と回答した企業は開業時の5・7%と比べ、微増の8・6%にとどまった。経済への波及効果は、待っているだけでは得られない。積極的に取り組む企業が増えないことが、効果を実感できない状況をつくっているとも言えるのではないか。
 確かに、効果を得ようと積極策を取るには相応の投資が必要であり、中小企業が大半を占める本県にあっては、そのような投資が可能な企業は多くない。ただ、諦めてしまうのは早過ぎる。何とか知恵を絞りたい。
 北海道新幹線の開業に伴って売り上げを増やしたり、顧客を開拓したりした企業は、北海道・函館地区の企業と商品の共同開発などに取り組んでいるようだ。こうして見ると、やはり本県と道南の連携が重要なカギを握っているらしい。
 昨年の「青森県・函館デスティネーションキャンペーン(青函DC)」が成功したことからもうかがえるように、本県と道南の連携は的を射た取り組みなのであろう。今後は奏功した事例を継続・発展させるとともに、連携を新たな分野でもできないか探っていくことが重要だ。
 そこで気になる点がある。同行の調査によると、開業のプラス効果を実感する津軽地区の企業が青森地区に比べて少ないことだ。津軽地区で「県内経済にプラスの影響を与えた」と回答した企業は7・8%、「自社にプラスの影響を与えた」との回答は1・3%。「開業に伴って何かしらの取り組みをした」との回答は3・9%にとどまった。
 津軽地区は東北・北海道新幹線の沿線から外れ、ハンディを背負っているかもしれないが、道南との連携でしっかり実績を上げている企業もある。開業効果を引き出す主役は民間であるべきだ。津軽地区の企業に奮起を期待したい。

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はるか夢球場完成「交流と夢はぐくむ場に」

2017/6/3 土曜日

 

 弘前市のはるか夢球場の改修工事が完了し、プロ野球1軍戦に対応できる新たな球場に生まれ変わった。
 1日には市民対象の見学会が開かれ、多くの子どもらがフィールド一面に敷かれた人工芝や新設されたメインスタンドなどに触れ、キャッチボールを楽しむなどして「プロ仕様」にリニューアルされた球場に夢を膨らませた。
 3日にリニューアル記念セレモニーが行われ、今後、女子ソフトボールの国際大会やプロ野球1軍戦など主要大会が目白押しだ。新たな球場が多くの市民らに親しまれ、子どもたちの大きな夢とその実現に結び付くことを期待したい。
 はるか夢球場の改修は総事業費約28億円をかけて行われた。フィールド一面に人工芝を敷き、両翼、中堅を拡張、収容人数は改修前の2倍以上となる1万4844人に拡大した。照明設備も増築するなどしプロ野球1軍戦に対応できる施設となった。
 バックネット裏に位置する高さ26メートルのメインスタンドは岩木山をイメージした三角型の特徴的な形態となっており、木箱の中にリンゴが詰まっているような光景をイメージして設計されるなど、随所に弘前らしさが施されている。
 防災機能を併せ持つのも特徴で、非常用発電機や飲料水などを保管する受水槽を備え、災害時の防災拠点としての側面も備えている。
 この球場で、18~21日には東アジアカップ女子ソフトボール大会が開かれる。岐阜県が会場となった13年の第2回大会以来、日本で2度目の開催となり、市が主催する初の国際大会となる。
 ソフトボール日本代表として中軸を担い、その後は監督として代表を率い、08年北京五輪では金メダルを獲得した、現在弘前市職員の齋藤春香さんの出身地で同大会が開かれることは意義深い。新たなはるか夢球場の門出を祝うにふさわしく、齋藤さんに続く選手の育成につながることを大いに期待したい。
 さらに28日にはプロ野球1軍戦(楽天対オリックス)が開催される。本県での1軍戦開催は1988(昭和63)年7月に県営球場で行われた広島対ヤクルト戦以来で、実に29年ぶりとなる。ファンにとってはもちろん、県民待望の1軍戦となる。東アジアカップ女子ソフト大会と併せ、市民らが一流選手のプレーを間近で見る機会となり、子どもたちにとってもいい刺激となるはずだ。
 市は新たな球場を、単なる競技場ではなく、アミューズメント施設の要素も兼ね備えた「ボールパーク」として位置付け、多目的な利用で多世代の人が楽しい時間を過ごせる、にぎわいの拠点とする考えだ。末永く市民に親しまれ、経済効果はもちろん、競技人口の拡大と次世代を担う人づくりにつながるよう有効活用されることを期待したい。

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東照宮400年「節目を郷土活性化の出発点に」

2017/6/2 金曜日

 

 黒石市にある黒石神社が、弘前東照宮(弘前市)の宗教法人破産を受けて摂社「東照宮」を建立してから間もなく2年。前身は日光東照宮に次ぎ1617年に弘前城内に建てられた東照宮で、そこから数えると今年はちょうど400年に当たる。この節目に古里を振り返ってみたい。郷土愛が膨らむのではないか。
 東照宮の歩みが記されている各種資料によると全国に先駆けて弘前城内に東照宮を勧請できたのは満天姫の功績という。満天姫は東照宮に祭られる徳川家康の養女で、弘前藩2代藩主津軽信牧(枚)の正室。そして黒石分知で初代領主に就いた津軽信英の母親。信英を祭る黒石神社は、東照宮建立に際し、満天姫を新たに神格化し相殿神とした。
 弘前東照宮の本殿などは国の重要文化財で、宗教法人の破産により弘前市が取得した。ただ政教分離の原則から、本殿内にご神体を安置できなくなった。表現は適切でないかもしれないが、居場所を失ったご神体を黒石神社が受け入れた形である。
 これにより弘前東照宮は建物としての価値はあるが、信仰対象としての役目を完全に失った。つまり摂社東照宮こそが、弘前城内にあった東照宮の現在の姿なのだ。しかも同じ神域に家康、満天姫、信英の親子3代が鎮まることで、将軍家と黒石の関係を身近に感じる場となった。社殿は小ぶりだが、見た目で判断できない重みが詰まっている。
 満天姫の功績は東照宮勧請だけにとどまらない。津軽家が幕府から命じられた国替えを免れることができたのは、家康の養女の願い出であったためという。もし満天姫が津軽家に嫁いでなければ、この地を「津軽地方」と呼ぶことはなかったかもしれない。満天姫は信英の母であるとともに、現在の津軽地方の母と言っても過言ではない。
 一方で弘前藩初代藩主津軽為信に滅ぼされた千徳家の居城があった黒石市浅瀬石地区はちょっと違う。為信が城主千徳政氏の死後も追討をやめなかったため、千徳家の菩(ぼ)提(だい)寺の和尚が抗議し、川に身を投げたといい、この悲劇が津軽じょんから節の起源と伝えられる。落城390年に当たる1987年から、千徳家と和尚を供養する灯籠流しを続けているほか、地区を挙げた防災訓練などにも積極的。住民の結束力がこの地区の強みになっている。滅ぼされたはずの浅瀬石城が、今も息づいているようだ。
 津軽家、千徳家の歴史とも諸説が存在するが、黒石よされや旧正マッコ市など、本家弘前をしのぐほどの活気を生み出す力を持っていることや、滅ぼされた側の浅瀬石地区が黒石津軽家に負けじと多彩な取り組みを展開しているのは確か。東照宮400年をきっかけに郷土を再認識し、地域再興を競い合う“平和な戦国時代”につなげたい。

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大相撲「阿武咲らの活躍で活況を」

2017/6/1 木曜日

 

 「大関の名に恥じぬよう正々堂々精進します」。日本相撲協会は31日午前、大相撲名古屋場所の番付編成会議と臨時理事会を開き、関脇高安=本名高安晃、茨城県出身、田子ノ浦部屋=の大関昇進を満場一致で決めた。伝達式に臨んだ高安は、常々、好きな言葉として語っていた「正々堂々」という言葉を口上で述べ、決意のほどを披露した。
 初土俵から大関昇進まで73場所を要したのは、歴代9位の遅さ。苦労人らしく、大関昇進に初めて挑んだ昨年の九州場所では負け越しを喫した。それでも小結で迎えた今年の初場所で白鵬、鶴竜らを倒す殊勲を重ね、11勝を挙げると、春場所も関脇で12勝と連続して勝ち星を2桁に乗せた。夏場所は、全勝優勝を果たした白鵬には敗れたものの、日馬富士を破るなど11勝を挙げ、大関昇進の目安とされる三役・直近3場所での33勝を上回る、計34勝の成績を残した。
 夏場所は、白鵬が完全復活を印象付ける1年ぶり38度目の優勝を、全勝優勝で飾った。その一方で、高安の兄弟子となる横綱稀勢の里をはじめとする日本人勢も近年、勢いを増しており、角界は長らく続いたモンゴル勢優位の状況からの変化が見え始めている。
 こうした状況の中、この夏場所で今後に向けて、大いに活躍が期待できる力士が現れた。言わずと知れた中泊町出身の阿武咲だ。夏場所は新入幕ながら10勝5敗の好成績を収め、敢闘賞を獲得した。「2桁は勝つ」と言った場所前の公約を見事に果たしての堂々たる成績だ。2日目から5連勝するなど、得意の突き押しを生かした前に出る相撲でファンを大いに沸かせ、互いにライバルと認め合う貴景勝との千秋楽の相撲も敗れたもののなかなか見応えがあるものだった。
 阿武咲は5歳から相撲を始め、中里小学校、中里中学校時代に全国優勝を幾度も経験。三本木農業高校に進学した2012年には1年生ながら国体少年の部で優勝するなどその実力は群を抜いていた。高校を中退して角界入りすると、13年初場所で初土俵を踏み、15年初場所に18歳で新十両に昇進。一度は幕下に陥落したが1場所で返り咲き、この夏場所では2桁、敢闘賞と目覚ましい活躍を見せた。31日には地元、中泊町でパーティーが開かれ、多くの町民や関係者から激励を受けた阿武咲。郷土の熱い思いと励ましを受け、一気に上昇気流に乗ってもらいたいものだ。
 高安は、平成生まれの大関としては、15年夏場所後に誕生したモンゴル出身の照ノ富士以来、2人目で日本出身では初めてとなるそうだ。阿武咲もまだ20歳。伸び盛りの力士だ。7月の名古屋場所は00年の春場所以来の4横綱、3大関となる。若い世代の躍進、とりわけ県人力士の活躍で、活気のある場所になるよう期待している。

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