社 説

 

チャイルドシート「正しい知識で適切に使いたい」

2017/7/25 火曜日

 

 本県のチャイルドシート使用率が全国と比べると非常に低い。日本自動車連盟(JAF)と警察庁による今年の調査では、全国平均の64・1%を大きく下回る51・0%となり、全国ワースト3位。今年度の交通安全県民運動では、シートの着用が重点の一つに掲げられている。夏の運動期間(21~31日)にある今、その重要性を再認識したい。
 使用率の全国平均はここ10年、おおむね上昇傾向にあり、今年の64・1%は前年の64・2%に次ぐ過去2番目の高さ。対して、本県は2年連続で下降した。JAF側は、本県の使用率低迷の要因を、車を複数台所有している世帯が多く、チャイルドシートを車の台数分そろえるのが困難なのではないか―と分析する。
 本県を含む地方で、車は生活の必需品。通勤、買い物、幼稚園や保育園に通う子どもの送り迎えなどに欠かせず、1人1台ずつ所有している世帯も少なくないだろう。車の所有台数が増えれば、その分、経済的な負担も増す上、チャイルドシートが決して安くないことを考えれば、シートを車の台数分用意することは簡単ではないことも分かる。
 ただ、6歳未満幼児の自動車同乗中の致死率は、チャイルドシートを使用していた場合に比べ、使用していなかった場合は約11倍に上がるとの統計もある。チャイルドシートの使用、不使用は車に乗る子どもたちの安全確保に大きく影響することは明らかだ。車の台数分のシートをそろえることができれば、それに越したことはない。
 道交法では、車の運転者はチャイルドシートを使用しない6歳未満の子どもを乗せて運転してはならないことになっている。しかし、ここ数年の年齢層別の使用率を見ると、1歳未満は80%台だが、1~4歳は60%台、5歳は40%前後にまで下がる。
 このような傾向は本県も同様で、子どもが歩けるようになる1歳半を境にチャイルドシートの使用率が激減するという。この点については、保護者に安全意識が不足していると言わざるを得ず、意識改革を強く求めたい。
 併せて、チャイルドシートに関する知識を持つことも必要だ。せっかくシートを使用していても、車の座席に固定されていなかったり、取り付け方を間違ったりした場合が見受けられるという。子どもの体形に合っていないケースもあるといい、子どもの成長に合わせて買い替える必要もあるだろう。
 さらに、チャイルドシートの品質自体に問題がある場合も見られる。国土交通省の調査によると、未認証のシートには強度が著しく不足するものもあり、同省はホームページで注意を促している。チャイルドシートについて正しい知識を得ながら、適切に使用し、子どもたちの安全を守りたい。

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津軽塗が国重文へ「伝統守り一層の産業振興を」

2017/7/22 土曜日

 

 津軽地方を代表する伝統工芸「津軽塗」が、国の重要無形文化財に指定されることとなった。国の文化審議会が21日、松野博一文部科学大臣に答申した。官報告示を受けて正式に決まる。
 国重要無形文化財には能や歌舞伎などが指定されており、本県では津軽塗が初となる。弘前市の津軽塗技術保存会を保持団体として指定するよう答申しており、漆器の分野で保持団体と併せて指定するのは石川県の輪島塗に次いで全国2番目となる。
 300年以上にわたって技術が伝承されてきた津軽塗が国重文に指定されることは地域にとって誇らしく、喜ばしいことであり、地道に伝統技術を受け継いできた関係者の取り組みの成果といえる。指定を機に津軽塗の魅力が国内外に発信され、技術と産業の振興、発展が図られることを期待したい。
 津軽塗は、弘前市を中心とする津軽地方に伝承される漆器制作技術。17世紀後半に弘前藩主が他藩から招いた塗師らによって発展し、18世紀前半までには、さまざまな変わり塗を用いて制作されるようになった。
 弘前藩庁日記には、弘前藩の江戸藩邸を訪問した松平薩摩守が弘前藩領で制作された漆器を気に入り、香箱などを注文したとの記録がある。当時、こうした大名間の交流などを通じて津軽塗の名声が全国に広がっていったようだ。
 堅く丈夫な下地に変わり塗などを施すもので、その多様さが特色。漆を塗っては研ぎ、塗っては研ぐ、各種の研ぎ出し変わり塗が有名で、手を抜かず丁寧に何度も繰り返すその工程から、俗に「馬鹿塗」と称されるほどだ。いかにも津軽地域らしい技法といえよう。
 複数の技法を併用したり、文様を描き加えたりすることによって華やかな色彩や質感を生かした無数の表現が可能となる。変わり塗を自在に駆使するには、塗りの種類に応じた適切な漆の調合・調整と高度な研ぎが必要とされ、こうした多様さが津軽地域で伝承されてきたことが高く評価された。
 世界に誇る津軽塗だが、課題も多い。全体の売り上げはピーク時の10分の1程度にまで落ち込んでいるという。以前は津軽地域の各家庭で津軽塗の箸やわん、盆などが身近に使われてきたが、最近は生活スタイルの変化や高価な側面もあり、気軽に使う人が少なくなっている。
 国重文指定を機に、まずは、われわれ地域住民が津軽塗の魅力を再認識したい。そこから新たな担い手が生まれ、産業の活性化にもつながっていくことが期待される。 
 津軽塗の新たな可能性を追求し、世界を視野に新たな取り組みや次世代への継承を見据えた動きも始まっている。伝統技術を守りつつ、時代とともに変化しながら、その魅力を高めていきたい。

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県立高校再編計画「実施の中で地域の声を生かせ」

2017/7/21 金曜日

 

 県教育委員会が、県立高校再編の第1期実施計画(2018~22年)をまとめた。津軽地域の学校配置は、4月に公表された計画案通りとなった。計画案公表後、各地域で懇談会が開催され、パブリックコメントなども実施されたが、特に統合により閉校が予定される地域住民やPTAからは反発の声が相次ぎ、地元自治体や経済団体などからも計画の見直しを求める意見書や要望書が提出された。こうした反発の声を、いわば押し切る形で計画が策定されたことについて県教委の判断が適切だったか疑問が残る。
 計画で津軽地域は西北地域の板柳、鶴田、金木、五所川原工業の4高校が統合、中南地域では黒石高校と黒石商業高校が統合、弘前実業高校の農業経営科は募集停止し、柏木農業高校に集約するなどとした。少子化が続く中、子どもの教育環境を整えるために、ある程度の規模を持つ高校をつくるという県教委の狙いは理解できる面があり、現実味のある計画と言えなくもない。
 ただ、現在の高校は教育施設という側面だけで語られるものではなくなっている。地方の衰退、農林漁村の過疎化といった現実を抱える中で、県立高校は地域の存続、自立にとってなくてはならない施設として重みを増しており、そうした観点で見れば、県内都市部に高校を集約する志向が強い今回の計画は、町村地域の未来についての展望が欠けているのではないだろうか。地元の高校で学ぶことは、その後、地元で生計を立て、生活基盤を得るという人生サイクルの形の入り口に当たるものだろう。そうした入り口がなくなれば、地域に活力をもたらす若者が、県内都市圏、ひいては県外へと流出することにつながるのではないか。県教委はもっと大きな視点に立って計画を立案するべきではなかったかと思わずにいられない。
 閉校が予定される地域では、今後、通学費用の負担増など現実的な課題にも直面する。遠距離通学などで子どもたちの負担感も増すかもしれない。こうした課題にどのように対応するかは十分な議論が必要だろう。
 今回、町村部の中でも特に反対の声が強かった五戸町は、五戸高校の町立化などの検討を打ち出し、県教委もこれを受けた内容を計画に盛り込んだ。財源確保や生徒数減少への対応など実現には困難が予想されるが、地域の若者を地域で育てるという発想に基づけば、十分検討に値するものだろう。今後の進展を注視したい。
 今回の計画で県教委と統合対象地域の間には溝ができたように感じる。県立高校は、地域の支えがあってこそ、初めて良質な教育環境を得ることができる。県教委は今回、さまざまに出された地域の声を、計画実施の過程で十分取り入れるよう、最大限の努力を望みたい。

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日野原重明さん死去「さらに重み増す実践と言葉」

2017/7/20 木曜日

 

 生活習慣病の予防や終末期医療の充実などに尽力した、聖路加国際病院名誉院長で文化勲章受章者の日野原重明さんが、105歳で死去した。
 日野原さんは高齢者がいつまでも活躍できる社会づくりも提唱。自身が会長を務めた「新老人の会」は、シニア世代の自立した新しい生き方を示し、高齢者がこれまでの人生で培った知恵や経験を社会に還元する生き方の普及に努めていた。100歳を超えても現役医師として活躍し、講演や執筆を重ねた元気な姿は、高齢化社会におけるシニアの理想的な生き方の体現と言っていい。テレビなども通じておなじみの存在だった。
 病気の早期発見・治療の観点から、国内の民間病院では初めて人間ドックを導入し、独立した建物で終末期患者に緩和ケアを提供する日本初の独立型ホスピスを設立するなど、先進的な医療の導入を積極的に進めた。予防医療の重要性にもいち早く着目し、かつての「成人病」に代わる「生活習慣病」の概念を提唱したのも日野原さんだ。これらを列挙すると、改めてその先進性を感じずにはいられない。個々の患者に合わせて人格を十分尊重しながら、特定の部位に限定しない総合的な診断や治療を行う「全人医療」を目指していたという。
 これらに通底するのは、命の尊重と、健康でより良い納得できる生き方の追求であろう。患者主体の医療を訴えたのは、これらをバックボーンとし、生と真正面から向き合ってきた一医師としての良心の発露のように映る。近年訴えていた平和の大切さも、その一直線上にあったに違いない。
 日野原さんは全国の小学校で行っていた「いのちの授業」で、児童に命の大切さを訴え、「将来は人のために時間を使えるようになること」と説いた。人質として巻き込まれた日航機「よど号」ハイジャック事件(1970年)以降、「残りの人生を人のため、自分を捨てて生きた」という姿勢と重なる。
 昨年は「あと10年生きて、いろんなことがしたい」と話していたという。その旺盛な好奇心にも驚かされる。この気持ちが、健康長寿の一つの源泉だったのかもしれない。6年制の医学部と異なり、大学を卒業した人が学べるメディカルスクール(4年制)の構想も持っていた。
 進取の気性に富みながら、最期は延命治療を望まなかったという。自身の医療哲学や死生観とは相いれなかったのだろう。「死とは生き方の最後の挑戦」という日野原さんの言葉は深遠だ。
 日野原さんが残した数々の足跡は、同時に、医療関係者に限らず、今後いかに生きていくかというわれわれ一般市民に課せられた宿題でもあろう。日本の高齢化率が今後も上昇すると予測される中、日野原さんの実践と言葉は、ますます重みを増すに違いない。

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核のごみ「国民的議論が必要だ」

2017/7/19 水曜日

 

 原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場の“適性”を示す「科学的特性マップ」について、世耕弘成経済産業相が18日、月内にも公表する考えを明らかにした。再処理工場を抱える本県や原発の立地県は別として、最終処分問題に対する関心は高くない。マップの公表によって国民的な議論が広がることを期待したい。
 原発から出た使用済み燃料を再処理した後に発生する廃液と、溶かしたガラスを混ぜて冷やしたものがガラス固化体、いわゆる核のごみとなる。再処理を委託した海外から返還されたものは六ケ所村に一時貯蔵されている。
 処分方法をめぐっては「海底」と「南極の氷床」は国際条約で禁止され、「宇宙」は膨大な費用と技術への信頼性から除外された。地上での長期管理は何世代にもわたって人間が関与できるかという根本的な課題から困難とされ、地下深くに埋設する地層処分が最も現実的な方法として選ばれた。
 政府は2000年に成立した最終処分法で処分場の調査方法を定め、経産省の認可法人・原子力発電環境整備機構が調査を受け入れる自治体の公募を始めた。しかし手を挙げた自治体はあったものの調査開始前に頓挫し、1件も文献調査に入れない状態が続いている。
 遅きに失した感は否めないが、政府は事態打開に向け15年に新たな基本方針を閣議決定し、国が前面に立って取り組むと同時に、自治体や国民理解を促すためマップの作成を打ち出した。
 資源エネルギー庁によると、マップ作成に当たっては▽火山や活断層、開発の可能性がある鉱物資源から遠い▽海岸からの陸上輸送が容易―などの技術的な観点から、全国地図を色分けして“適性”を表す方針だ。
 昨年からはマップ提示に向けた自治体説明会やシンポジウムを全国で開き、理解を得るための取り組みを進めている。またマップ提示後も全国説明会などを通じ、環境づくりに努めるという。
 失った安全性への信頼とは別に、温室ガス削減やエネルギー確保という異なる視点からも、原子力の存否は議論すべきだ。それとは別に、現役世代には享受した分の、核のごみの処分場を決める責任があるはずだ。もっと国民の関心が高まり、議論が深まることを期待したい。
 また、政府側が丁寧な説明に努めているのか、引き続きその姿勢を注視していかなくてはなるまい。
 一方、本県を最終処分地にしないという政府との確約について、エネ庁側は今年5月に青森市で開いた説明会で「順守する立場に変わりはない」と強調した。ただ、本県との確約など“社会科学的観点”についてはマップ提示後に議論するとした。こちらも注意深く見守っていく必要がある。
核のごみ「国民的議論が必要だ」

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