社 説

 

終戦記念日「過去学び平和を考える日に」

2017/8/15 火曜日

 

 14日付本紙に先の大戦で関東軍石頭予備士官学校第13期生だった弘前市の男性が、旧満州国で経験した旧ソ連軍との戦闘について語っている。戦後70年を過ぎて戦争体験者は高齢化。これは戦争についての生の言葉を得る機会が年々減少していることを意味する。悲惨な戦争の記憶を風化させぬような取り組みを、加速させなければならない時期に来ている。
 この男性によると、士官学校の幹部候補生たちは爆弾を抱えて敵戦車に突っ込んで行ったという。「不思議と怖くなかった。国を守るためにやるしかないと、皆が思っていた」と語る。一方で撃たれた仲間の最後を目にし「死ぬときは『天皇陛下万歳』と言って死んでいくのかと思っていたが、彼は『お母さん』とつぶやいて死んでいった。初めて見て、本当はそういうことかもしれないと思った」とも話した。
 国は戦後生まれの世代が戦争体験者から聞き取り、後世へ伝える「語り部」の育成事業を行っている。アドバイザーを務める国文学研究資料館の加藤聖文准教授は「戦争で起きた悲劇は社会が共有すべき問題。今までは体験者に話を聞けば済んだが、これからは聞いた人が次に伝えていかなければ」と、事業の必要性を説明する。
 ただ、戦争体験者が当時の様子を口にしてくれるかという課題もある。弘前市の男性は「あの戦いは、話して分かってもらえることではないと、どこかで思っている」と、これまで自身から進んで話したことはなかったという。国の事業に参加する一人も父親から終戦前後の話をされたことは一度もなかった。もし、父親に問い掛けることができたところで、どこまで話してくれただろうか。
 戦争体験者にとっては「忘れたいつらい過去」であると同時に「忘れてはならない現実」。戦地に散った仲間や空襲で亡くした家族らに対する思いなどが複雑に絡み、自身の胸の中にしまい込むケースもあるのではないだろうか。当時の記憶を有する体験者から「戦争の真実」を聞き取ることができる時間は多くない。後世に伝えるには、戦争体験者の理解を得る努力を急がなければならない。
 先の大戦が終わり、平和な世の中になったように見える。しかし、北朝鮮が明らかにした米領グアム沖への中距離弾道ミサイル発射計画は、威嚇し合う米朝だけの問題ではない。北朝鮮の発表によると弾道ミサイルは島根、広島、高知の各県上空を通過する。防衛省がわが国へのミサイル落下といった不測の事態に備え、地対空誘導弾パトリオットを中国・四国地方の陸上自衛隊駐屯地に展開するなど、国内の緊張感も高まっている。
 きょうは終戦記念日。過去の悲劇を繰り返さぬためにも、全国民が平和と不戦の誓い、そして憲法改正の動きを考える日にしたい。

∆ページの先頭へ

PKO日報問題「真相解明には程遠い」

2017/8/12 土曜日

 

 南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報問題をめぐり、衆院安全保障、参院外交防衛両委員会で閉会中審査が行われたが、真相解明には程遠かったと言わざるを得ない。日報を非公表としたことに稲田朋美元防衛相が関与したかどうかが最大の焦点だったのにもかかわらず、与党が稲田氏や防衛省・自衛隊の元幹部の参考人招致を認めなかったことが原因であることは明らかだろう。
 そもそも野党側は、内閣改造の前に閉会中審査を行うよう要求していた。しかし与党側は応じず、閉会中審査は改造で就任した小野寺五典防衛相に対応を託した。稲田氏の参考人招致を認めず、関与についての再調査も拒否するとあっては「稲田隠し」との批判は免れまい。
 もう一つの焦点は、2月の省内会議で陸自幹部から稲田氏に対し、日報についての報告があったのかという点。だが、参考人として唯一出席した辰己昌良防衛省官房審議官(前統合幕僚監部総括官)は「申し上げることは差し控える」とし、「(特別防衛)監察に真摯(しんし)に答えた」と繰り返すばかりで、稲田氏への報告の有無を一切明らかにしなかった。これでは、参考人として出席した意味がない。
 また、稲田氏に日報の存在を報告した人がいたのか―などという質問に対し、丸井博防衛監察本部副監察監は「個人が特定され、供述が明らかになる恐れがあるので差し控える」と拒否。小野寺氏も「監察結果はしっかりした内容だ」などと述べ、内部資料の公開も拒んだ。これでは議論が深まるはずもない。
 与党側は、これ以上の国会審議は不要との見方を示しているようだが、野党はもちろん、国民目線でもおよそ納得できるはずもない。日報を非公表とすることを誰が判断したのか監察ではあいまいなままだし、稲田氏と陸自幹部の主張は食い違ったまま。これで納得しろという方が、無理があるのではないか。
 安倍晋三首相は内閣改造後の記者会見で、日報をめぐる問題で国民の不信を招いたと自ら言及し、謝罪した。「国民の声に耳を澄ませ、政治を前に進めていく」とも語った。ならば、国民が不信を抱いている問題について、丁寧に説明するべきだろう。与党や防衛省、陸自も首相の思いを忖度(そんたく)すべきではないか。
 北朝鮮が大陸間弾道ミサイルの開発を急速に進め、中距離弾道ミサイルを米領グアム島周辺に向けて発射する計画を検討するなど、日本を取り巻く安全保障環境は緊張の度合いが高まっている。日報問題などに、時間を割いている状況ではないはずだ。
 だからこそ政府・与党は、早急に稲田氏らの参考人招致に応じ、国会で審議し、日報問題にけりをつけてもらいたい。それこそが国民の信頼を取り戻す方法だと指摘したい。

∆ページの先頭へ

済州・友好協定「民間交流を活発に」

2017/8/11 金曜日

 

 県と韓国・済州特別自治道が姉妹提携協定を締結して約1年。今夏は県議会と済州特別自治道議会が友好交流協定を締結した。県議会が他の議会と交流協定を結ぶのは国内外を問わず初めてのこと。協定締結に合わせ、済州特別自治道と同議会の関係者が来青し、友好を深めた。
 県と済州の交流の歴史は2009年、三村申吾知事を団長とするミッション団が済州側を公式訪問して以来、行政職員の派遣や視察研修、世界自然遺産の保全に関する交流、観光面でのPR、サイクリングやマラソンなど民間レベルでのスポーツ交流と幅を広げてきた。11年には県と済州特別自治道との間で友好交流協定を締結し、それから5年経過した16年に姉妹提携協定に格上げ。今回両議会の友好交流協定が加わったことで、これまで積み重ねてきた両者の友好関係が新たな形で発展していくことを期待したい。
 今回締結した友好交流協定では、議会活動での交流以外にも、県民・道民の相互理解を深め、民間を含めたさまざまな分野での交流活動を促進するために互いに協力していくことがうたわれている。具体的な取り組みとして、9月に済州側で予定されている世界自然遺産登録10周年の記念式典に本県側から数人が出席することが決まっており、その後も定期的な相互訪問、情報共有などを行う予定。済州特別自治道議会の申寛弘(シン・グァンホン)議長は「国際友好の美しいモデルとなるような模範的な友好関係を結んでいきたい」と意気込みを示した。
 済州特別自治道は韓国南西の海上にある島で、四季がはっきりしており、果樹栽培や水産業、観光産業に力を入れていること、「済州火山島と溶岩洞窟」という世界自然遺産を有するなど、本県との類似点が多い。今回来青した済州側の一行も「本県と済州は兄弟に違いない」「青森に来ると故郷に来たような気がする」と親近感を示しており、交流の可能性はさまざま考えられる。
 とりわけ期待されるのは交流人口の拡大だ。済州はリゾート地としての開発が進み、韓国有数の観光地として有名。本県と韓国はソウル線開設22年という歴史があり、空路で直接アクセスが可能だ。ソウル線は韓国側の訪日ブームに後押しされ、今冬は現在の週3往復から同5往復への増便が決まっており、これまで以上に便利になる。利用促進に向けて、本県側でも積極的なPRが必要だろう。
 済州特別自治道の安東佑(アン・ドンウ)副知事は来青の際、今後について「民間も参加できるような交流企画を発掘していきたい」と話した。行政間、議会間の交流や両地域の経済、産業に貢献できる仕組みづくりも重要だ。だが何より一般の県民・道民がお互いに理解を深め、より良い体験を共有できるような取り組みを求めたい。協定を土台に、両者の友好関係が持続・発展するよう願う。

∆ページの先頭へ

ねぷた・ねぶた祭り「祭りが育てる津軽の気風」

2017/8/10 木曜日

 

 今年もねぷた、ねぶた祭りの数々が各地で行われ、津軽の夏を彩った。弘前ねぷたまつりは7日に岩木川河川敷でねぷたを燃やして昇天させる鎮魂の「なぬかびおくり」で幕を閉じ、青森ねぶた祭も同日、波頭浮かぶ青森港を悠然と進む海上運行でフィナーレ。五所川原立佞武多は8日、大型立佞武多3台が市中心市街地に集結し、運行20年の有終の美を飾った。弘前ねぷたまつりは昨年より5万人少ない163万人だったが、青森ねぶた祭は前年を6万人上回る282万人(海上運行を除く)。五所川原立佞武多も昨年より7万人多い118万人を記録。期間中は好天に恵まれたこともあり、昨年を上回る人出となった祭りが多かった。幸い大きな事故もなく、多くの観光客に本県の夏の魅力を堪能してもらった。地域の住民にとっても北国の短い夏を謳歌(おうか)する祭りは活力の源であり、津軽の火祭りが今年も盛況のうちに終えたことを喜びたい。
 今年の祭りも多くの話題で彩られたが、目を引いたのがさまざまな絵師、制作者の祭りデビューだろう。
 弘前ねぷたまつりには、若手の風が吹き込んだ。弘前南高校3年の白取瀬凪さんが「必殺ねぷた人」の組ねぷた本体の制作を初めて手掛けた。メインとなるねぷた本体はもちろん、組ねぷた制作自体も初めてという白取さんだが、デビュー作「廻甦義経が鏡中にて龍に遭ふ」は、源義経伝説を参考に魂のみで現世によみがえった義経が龍に遭遇する場面を表現したもので、斬新な題材を躍動感ある組ねぷたに仕上げており、とても初めて制作したものとは思えない完成度だった。
 五所川原立佞武多も地元の高校生3人が制作した立佞武多が登場。ねぷた自主制作運行団体「誠和會」の前ねぷたとして運行された小型立佞武多「大見得 石川五右衛門」は、太田樹さん(五所川原工業高校3年)、大橋郁人さん(五所川原農林高校2年)、長内大さん(木造高校2年)の3人が、若い力を合わせて作り上げた。
 青森ねぶた祭に登場した「日本通運青森支店ねぶた実行委員会」の大型ねぶた「斎天大聖孫悟空」は林広海さんが手掛けた。林さんは約30年の下積みを経て、この作品で念願のデビューを果たした。一度はねぶた制作の道から離れながらも、その思いは強く、見事に遅咲きの花を咲かせた。
 それぞれデビューに至った物語は違えど、本紙記事からあふれ出る共通の思いは、祭りへの愛情の深さだ。小さい頃からねぷた・ねぶた小屋に出入りし、祭りの熱気を肌で感じてきたことが自然と制作者への道を歩ませたのだろう。こうした人々の思いで、津軽の火祭りは成り立っている。人をつくり育てる津軽の火祭りはまた風土をもつくり上げる。いつまでもこの津軽の気風を大切にしたい。

∆ページの先頭へ

原爆の日「核なき世界の実現に努力を」

2017/8/9 水曜日

 

 広島は6日、72回目の原爆の日を迎えた。そして、きょう9日は長崎原爆の日である。爆心地に近い長崎市松山町の平和公園で、原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれる。
 「まさに地獄」のような惨状をもたらした72年前の夏。当時と同じような酷暑の中で迎えた原爆の日。被爆者にとっては、何年たっても決して忘れることのない忌まわしい記憶が今も鮮明に脳裏に焼き付いていることだろう。
 本紙で紹介された広島市西区の男性(86)は学徒動員で郊外の工場にいて難を逃れたが、原爆で家族6人を亡くした。「悲惨な情景が焼き付いて消えることはない」と振り返る。5歳で被爆したという同市佐伯区の男性(77)は「ピカッと光り、兵隊に手を引かれながら転がる無数の遺体を縫うように歩いた」と、今も鮮明に残る記憶を口にした。
 世界で唯一の被爆国となった日本。原爆投下によって多くの命が奪われ、今なお後遺症に苦しむ人たちがいる。終戦から何年たとうとも、決して忘れてはならない事実である。人類が二度と同じ過ちを繰り返すことがないよう、被爆国として果たすべき役割を一人ひとりが考え、平和への誓いを新たにしたい。
 歳月と共に、被爆者の高齢化が進んでいるという現実もある。広島原爆では、この1年間に5530人の死亡が確認され、犠牲者は30万8725人となった。被爆者健康手帳を持つ人は約16万4600人で、平均年齢は81歳を超える。長崎原爆では1年間に3551人の死亡が確認され犠牲者は17万人余りとなった。
 当時の状況について肉声を聞く機会は年々少なくなってきており、次世代に戦争の悲惨さや平和の大切さを語り継いでいくことの重要性は一段と増していることを肝に銘じたい。
 一方で、世界情勢は混沌としており、今なお「核兵器のない世界」の実現は先が見通せないばかりか、エスカレートする北朝鮮の核問題などに危機感すら覚えるのが現状だ。
 広島、長崎への原爆投下から72年となった今年7月、核兵器禁止条約が国連で採択されるという新たな動きもある。長崎市を代表して条約の制定交渉会議に参加した被爆者の朝長万左男さん(74)は「人類は正しい選択をしつつある」と期待を込める。ただ、北朝鮮の核問題などを背景に、核保有国や日本など「核の傘」の下にいる国は条約に参加しない方針で、実効性に大きな課題が残る。
 日本政府は、条約の制定交渉会議にも参加しなかったが、核保有国と非保有国の「橋渡し役」を自任している。世界唯一の被爆国として、惨劇を二度と繰り返さないために果たすべき役割があるはずだ。朝長さんが訴えるように、時間はかかっても、核なき平和な世界を実現するための努力を重ねてほしい。
原爆の日「核なき世界の実現に努力を」

∆ページの先頭へ

Page: 1 2 3 4 5 6 ... 33

当サイトでは一部、Adobe Flash・PDFファイルを使用しております。閲覧にはAdobe Flash Player・Adobe Acrobat Readerが必要です。最新のプラグインはアドビ社のサイトより無料でダウンロード可能です。

  • Adobe Flash Player ダウンロードセンター
  • Adobe - Adobe Reader ダウンロード