社 説

 

団体客回復の兆し「来訪者の思いに応えたい」

2020/9/5 土曜日

 

 新型コロナウイルスの感染拡大に伴って減少していた団体観光客の入り込み数が、弘前市で回復しつつあるという。観光が主要産業の一つである同市にとっては、歓迎すべきことだ。関係者たちには、感染防止策を徹底して来訪者の思いに応えてほしい。
 市内の観光施設「津軽藩ねぷた村」では今月1日、今年度初となる県外からの修学旅行生が訪れた。例年であれば、春から大勢の小中学生が訪れ、観光都市らしいにぎわいを見せるが、今年はこれまで入り込み数が大幅に減少していた。
 春の緊急事態宣言の期間を経て、6月に県境をまたぐ旅客の移動制限も解除されたものの、客足が戻らない日々が続いていたが、近場を訪れるマイクロツーリズムを推進する機運に後押しされ、県南地域の修学旅行生らが次第に見られるようになり、県外からの修学旅行生受け入れに至った。
 ただ、全国的に新型コロナの感染は収束する気配はなく、今月1日にねぷた村を訪れた中学生の地元、秋田県内でも集団感染が発生。学校関係者が、修学旅行実施の可否をめぐって難しい判断を迫られている状況は続いているようだ。
 このような状況の中、ねぷた村を訪れた同校の教諭によると、弘前市はこれまでに新型コロナの感染者が確認されていないことから、リスクをできるだけ抑えた形で修学旅行を安全に行うことができると判断し、訪問先として選んだようだ。
 同市では今春、感染拡大防止のため、弘前さくらまつりが中止され、会場の弘前公園は一定期間、閉鎖された。地元経済に大きな影響を及ぼす祭り主催者の今年の判断を、市民もしっかり理解し、花が咲いた時期でも外堀に群衆ができるようなことはなかった。
 これまで、同市で感染者が確認されていないのは、市民が高い意識を持って行動していることの表れと言えるのではないか。われわれはその点を自覚し、今後も節度ある行動を心掛けるべきではないだろうか。
 修学旅行の大きな目的は見聞を広めることであろうが、同時に児童・生徒にとっては友人たちと楽しい思い出をつくる機会でもあろう。新型コロナの収束が見通せない難しい時期、弘前市を訪問先として選んでもらったことに感謝しつつ、児童・生徒の思いに十分応えるようなおもてなしをしたいものだ。
 ねぷた村によると、県内外の小中学校から修学旅行などの問い合わせが増えているという。このような傾向を持続させるには、今後の迎え入れ方が大きく影響する。ねぷた村の関係者が強調するように、ウィズコロナの時代に合わせた観光施設の運営が必要だ。コロナ禍の中でも、楽しい思い出をつくりたいと訪れる観光客に「再訪したい」と思ってもらうよう知恵を絞りたい。

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自民総裁選に菅氏出馬 「“負の遺産”は継承するな」

2020/9/4 金曜日

 

 安倍晋三首相が辞任の意向を表明したことに伴う自民党総裁選で、菅義偉官房長官が立候補を正式に表明した。総裁選は岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長を含めた三つどもえの争いとなりそうだ。
 総裁選は告示が8日、投開票は14日。3氏の陣営はそれぞれ活動を本格化させているが、党内最大派閥の細田派をはじめ麻生派、竹下派といった主要派閥の支持を受けた菅氏が優位とみられている。16日招集の臨時国会で実施される首相指名選挙を経て、同日中に新総裁が首相に選出される運びだ。
 菅氏は2日の記者会見で、安倍政権の基本路線を継承する方針を示した。具体的には積み残しとなっている拉致問題や憲法改正への「挑戦」(菅氏)、政権の経済政策「アベノミクス」の堅持などを指す。新型コロナウイルス感染拡大防止と経済回復の両立も今まで通りだ。
 携帯電話料金を「事業者間で競争が働く仕組みをさらに徹底したい」といった独自色、地方活性化への意欲も示したが、全体的には基本路線の「延長」と言った方が近いかもしれない。
 新総裁の任期は、安倍氏の残り任期である2021年9月までの約1年間。その間を担う「暫定政権」で終わるか否かは分からない。菅氏が早期の衆院解散に踏み切り「本格政権」化を目指すかもしれないし、現在支持を表明している各派閥の思惑に左右されるかもしれない。
 しかしどちらの場合でも、路線継承だけでいいのか。約7年8カ月に及ぶ長期政権で生じたひずみとも指摘される「負の遺産」は引き継ぐべきではない。
 例えば森友学園では国有地売却をめぐる疑惑や公文書の改ざん、加計学園では獣医学部新設をめぐる便宜など。「桜を見る会」では安倍氏の地元後援会関係者らが多数招待されていた上、開催前夜の会食会費も問題視された。安倍氏は問題が表面化するたびに「説明責任を尽くす」と繰り返したが、その実感はかなり希薄なままだ。
 菅氏は2日の会見で、森友問題について「財務省関係の処分も行われ、検察の捜査も行われ、既に結論が出ている」ことを理由に、再調査には否定的だった。菅氏自身も深く関わっていて、つまびらかになれば立場が危うくなるからか。コロナ対策など最優先すべき課題があるにせよ、疑惑を解明しなければ政治不信にさらに拍車が掛かる。
 細田、麻生、竹下の3派の各会長は、菅氏の出馬表明を受け、そろって会見を開き支持を打ち出した。同じく菅氏を支持する二階派や石原派とは歩調をたがえるなど、各派閥が菅氏の勝利を前提に次期政権への影響力を強めるため競り合っているように映る。党内選挙の出来事とは言え、目線が国民生活を向いているのか不安になる。

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地域情報誌「青森の今を記録し、後世」

2020/9/3 木曜日

 

 制作会社の事業停止により、昨秋の刊行が最後になった地域誌「あおもり草子」。約40年親しまれてきた同誌を引き継いでいこうという新たな出版社「ものの芽舎」の取り組みを本紙で紹介した。長く同誌の編集を担い、今秋の後継号創刊に向けて始動している青森市の佐藤史隆さんは「100年続く雑誌になれば」と意欲を示しており、この夏には創刊準備号という位置付けで、あおもり草子の夏の恒例だった「ねぶた祭り」特集号も無事に刊行。大いに期待し、今後の活動を見守りたい。
 あおもり草子は1979年創刊。毎号特集テーマを決め、歴史や文化、自然、芸術、人々の生活など本県のさまざまな特徴、魅力を多彩な執筆陣の文章と、大きく配置される美しい写真で紹介してきた。佐藤さんは「青森にとって大切なものを記録し、伝えるという重要な役割を果たしてきた」と同誌を評し、終刊の際も「終わらせたくない、なくしてはならない」と強く感じたという。
 確かに、過去のあおもり草子を見ると、特集やエッセーのほか、イベント情報や協賛広告なども往時の青森の様子を伝えており興味深い。後に振り返ってみた時には、雑誌全体が貴重な資料となることだろう。
 この夏刊行された「ねぶた祭り」特集号もまさに、コロナ禍に見舞われた青森の今夏の記録だ。ねぶた師による対談やインタビュー、ねぶたを守ってきた先人たちの軌跡、祭りの中止を受けて行われたねぶた・ねぷた絡みの多数のムーブメントの紹介など。特に祭り自体は中止になっても何かやりたいという動きは各地で多数見受けられ、ねぶた師支援プロジェクトや囃子(はやし)の動画配信、今年ならではの夏祭りの形などがまとめられている。ねぶた、ねぷたに懸ける県民の熱い思いが伝わってくる。
 雑誌の刊行に当たって、佐藤さんは「青森にはこういう雑誌を育て、支える土壌がある」とも語っている。ねぶた特集号は制作費の一部をクラウドファンディングで募った。佐藤さんは当初、目標額には届かないと予想していたようだが、実際は開始から2日半で目標額を達成。応援メッセージも寄せられたという。
 弘前市でも2003年に地域密着型情報誌「TEKUTEKU(テクテク)」が創刊され、別冊なども刊行された。豊富な飲食店情報のほか、歴史や伝統工芸などにも目を向け、誌面映えする写真を多用して人気だった。多くの読者に支えられていただけでなく、書き手の側、弘前の情報や魅力を発信する側の裾野も広げていたように思う。
 情報発信の手段は近年多様化し、近年はSNSでの発信が主流となっているが、紙媒体には紙媒体ならではの魅力がある。地域の記録はその地域の財産だ。青森の今の姿を記録し、伝える取り組みが広がっていくことを期待したい。

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防災の日アンケ「平素の備えと共助の気持ちを」

2020/9/2 水曜日

 

 9月1日は「防災の日」。日本気象協会がこの日に当たって行ったアンケートの結果、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、4人に1人が家庭でのアルコール消毒液などの備蓄を増やしたことが分かった。国内では8月31日、新たに437人の感染が確認されるなど、まだまだ予断を許さない状況にあり、いつ、どういう状況で避難所生活となるかも分からない。政府が災害に備えて感染症対策用品を備蓄するよう推奨しているほか、専門家も「避難所に(マスクや消毒液が)十分にあるか分からないので、自ら準備してほしい」と訴えている。本県など、感染者数が比較的少ない地域の住民も、こうした声に真剣に耳を傾け、非常事に備えてほしい。
 「防災の日」は、台風や地震などの災害について認識を深め、対処する心構えを準備するために制定された。アンケートはこれに基づき、災害への備えなどを問うもので2018年に続き2回目。新型コロナの影響により、避難所でのウイルス対応も求められている中での調査となった。8月13日に20~40代の女性を対象にインターネットで実施し、300人から回答を得た。それによると、「新型コロナの影響で新たに備蓄したり、備蓄量を増やしたりしたものがある」と回答した人は全体の24・7%となり、マスクや消毒液、除菌用ウエットティッシュなどが多かった。
 家族全員の3日間分が必要とされる食料や水などに関しては、51・0%(前回比4・2ポイント増)が「知っている」と回答。必要な量の備蓄を「十分できている」「それなりにできている」と回答した人は計30・3%(同9・5ポイント増)だった。
 政府が備蓄を推奨している感染症対策用品は、マスクや手指消毒用アルコール、せっけん・ハンドソープなどだ。新型コロナ第1波の時には、量販店やコンビニなどの陳列棚から姿を消した商品も数多いが、現在では当たり前のように目にし、購入できる。平素からの備えに気持ちが傾くのは当然といえる。
 ただ、この「当たり前」が突然覆るのが災害の怖さであり、まして現在は新型コロナに対する懸念が渦巻く中である。心配されるのは「自分だけ」「自分たちだけ」の気持ちが先立って、こうした備蓄が必要な物資の買い占めが非常時に起きることだ。年配の方ならば石油ショック、直近でも東日本大震災で体験した人は数多いと思う。お金があっても非常時に必要な物資が購入できない焦燥感は、何とも言いようがない。
 それだけに平素からの備蓄が重要だ。もし物資に加えて、気持ちに余裕があるならば、非常時に何らかの事情でマスクやアルコール、食料などを持ち出せなかった人たちのために、少しでも提供できるような共助の気持ちも持ち合わせたい。

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創刊記念日の誓い「読者目線で津軽と共に歩む」

2020/9/1 火曜日

 

 終戦の1年後、弘前市で小さな新聞社が産声を上げた。「明るい住み良い郷土建設の先駆として、地方文化開発のために努力する」の社是を掲げる陸奥新報社は、きょう9月1日が創刊記念日。今日まで74年間、陸奥新報を支え、育ててくれた多くの読者に心から感謝申し上げるとともに、信頼され、必要とされる新聞を追い求めていくことを、ここに誓う。これからも戦後生まれの若い新聞の成長を、温かく、そして厳しい目で見守っていただきたい。
 陸奥新報社は戦後の混乱が続く1946年、熱い思いを抱く十数人の新聞人がタブロイド(菊版)1枚(2ページ)という、文字通りの小さな新聞を発行し、新聞社としての一歩を踏み出した。1カ月後、黒石町(現黒石市)に黒石支局を設けたのを最初に、取材・営業拠点を津軽各地に開設。創刊から5年後、創刊の地である弘前市鉄砲町から現在の下白銀町に本社を移転した。62年に時事通信社と契約し、地元の話題に加えて国内外のニュース報道を強化。71年の創刊25周年では、世界的に高い評価を受ける板画家棟方志功画伯の筆による記念ねぷたを運行した。
 しかし、現在に至る道のりは決して順風満帆ではなかった。60年5月に火災で本社を焼失したのをはじめ、「りんご台風」として知られる91年の台風19号、2011年の東日本大震災など、新聞制作が危ぶまれる事態に陥ることもあった。
 非常時に求められるのが情報である。本紙も何とかして情報を届けようとしたが、停電で読者のお叱りを受けるような紙面しか作れなかったり、配達に大幅な遅れが生じたりしたのは事実。どんな状況でも発行しなければと奮い立たせたのは、配達を待ってくれている人がいるからにほかならない。きょうの1面に「第26129号」の紙齢を刻めたのは、読者の皆さまのおかげである。
 これまで頂いた多くのお叱り、激励に育てられたのが今、皆さまが手にしている9月1日付陸奥新報である。創刊記念に当たり、紙面制作などに関するシステムを一新し、先月までの10字組15段の紙面を、12字組12段に変更し、文字を拡大するなど、一部を刷新した。少しでも読みやすい新聞を届けたいと考えてのことだが、いかがだろうか。
 わが国は現在、新型コロナウイルスや相次ぐ天災、不安定な東アジア情勢など、先を見通せない多くの不安要素を抱えている。これらは直接的、間接的に津軽へも影響を及ぼす。この先も予想すらできない苦難が待ち受けているかもしれない。しかし、これまでも多くの壁にぶつかりながら、乗り越えてきた力が津軽にあることを、本紙は記録してきた。陸奥新報社はこれからも津軽に暮らす人々と同じ目線で、共に喜び、共に悲しみながら、明るい未来を信じて歩んでいくことを約束する。

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