その他

 

2019/5/25 土曜日

 

  弘前市を代表する商店街・土手町の現状や課題を踏まえ、展望や活性化に向けた新たな取り組みを紹介しながら中心市街地の将来像を考える。

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平成30年間の推移=上

 

  3月下旬に公となった紀伊國屋書店弘前店の閉店。土手町商店街の顔でもあり、地元の文化のよりどころでもあった同店の撤退発表は、多くの市民と商業関係者に衝撃を与えた。改元前のこの出来事を一つのキーポイントと捉えるならば、土手町の変遷は平成の約30年を一区切りとして振り返ることができるだろう。東北有数の商業地として栄えた昭和の土手町。一転して平成期には逆風にさらされた。
 モータリゼーションが進み全国的に大型店が郊外へ出店する中、土手町では1993年、ダックシティカネ長武田百貨店がビブレ弘前店(現さくら野百貨店弘前店)として城東へ移転。市などが行った通行量調査では、下土手町エリアで同年から95年にかけての2年間で休日の人出が約4割減となり、核店舗の一つが欠けた影響が如実に表れた。
 同じく95年には中三弘前店が大規模改装で気を吐くも、昭和期に街をけん引したかくは宮川の跡地に開業したハイ・ローザが98年に廃業。今泉本店(2003年)、紅屋商事(04年)と大型店舗が次々に姿を消した。通行量でみると、平成前半の15年間で3分の1にまで減少。統計上の数字では、街はかつての集客力を失ったと判断せざるを得ない。
 平成後半は市場環境に大きな変化が起きた。特に11年の東日本大震災は明確な境目といえる。同年、中三が震災による盛岡店閉鎖と販売不振が影響して倒産(後に民事再生手続きを経てMiK=青森市=傘下)、弘前店も一時休業を余儀なくされた。
 さらに衣料品店の丸幸あかいしも閉店。17年にはかつての目抜き通りの終点、一番町の津軽塗製造販売・田中屋が創業から120年の歴史に幕を下ろした。翌18年には建物が中土手町のシンボルでもあった一戸時計店が店主の死去により閉店。今年には下土手町のゲームセンター「スペースイン」や紀伊國屋書店弘前店の撤退と、街のランドマークでもあった老舗店舗が次々と姿を消している。
 平成の前半は車社会の進展という外圧があったものの、大まかには商店街自体の構造変化という内的要因が集客力の減少を引き起こしたといえる。一方で後半については震災による販売不振や、消費トレンドの変化とそれに伴う物販業界全体の落ち込みという外的要因が大きく作用した結果であり、土手町そのものの求心力低下と結びつけて語るのは早計だろう。
 平成期に全国で顕在化した中心街の空洞化やシャッター通りの増加は各地での地域課題であり、商工、学術関係者は「その中でも土手町は健闘している」と口をそろえる。
 空き店舗率の推移が一つの指標になるだろう。弘前市などの調査によると、土手町の上、中、下エリアを合わせた平均値は、通行量の急落が底を打った03年から09年にかけては全国平均を上回ったが、12年以降は1桁台で推移し、全国平均を下回っている。県内8市の平均と比べても、17年の17・0%に対して3土手町エリア平均は7・83%となっている。
 この30年間を総括すると、土手町の人通りは4分の1にまで落ち込み、その結果で廃業を余儀なくされる店舗もあったが、〝新陳代謝〟は滞ることなく、商店街としての骨格は保たれたと言える。

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ハード面の活性策=中

2019/5/26 日曜日

 

マンションと中核施設が下支えする土手町。空きテナントの有効利用による活性化が期待される

 平成の土手町では「住む街」への変化も生まれた。弘前市内でマンション開発を進める「マリモ」(本社広島市)が2008年、紅屋商事跡地にポレスターセントラルシティ弘前、13年には旧ハイ・ローザ跡地(通称・ドテヒロ)にポレスター弘前公園と、核店舗の穴を埋めるようにマンションを建設。これにより約170戸の街中居住が創出された。
 07年まで減少傾向にあった土手町の居住人口は255人(同年)から530人(13年)に回復。街の人口増を背景に、13年には下土手町の旧日弘楽器跡地にミニストップ、18年には中土手町の駐車場跡地にハッピードラッグが出店。以前まではなかったコンビニやドラッグストアといった生活密着型の店舗が土手町に進出したことで、住居街としての側面も出てきた。
 商店街の空洞化に歯止めをかけたマンション建設。併せて土手町の屋台骨を支えているのはエリアに残る唯一の大型店・中三弘前店だ。物販業全体の不振が続き、デパート業界では特に地方の地場系百貨店が苦境にあえいでいる。中三弘前店は中心街に立地する百貨店として国内初となる、店内にアウトレットモールを開設する大規模改装に着手。これまでの百貨店の在り方から転換し、新たな顧客層獲得に乗り出す挑戦となる。
 「大看板を背負った店舗が次々倒れる中、業界は暗中模索の状態」と木村中社長。店舗と商店街の再活性は長年の「宿題」だったとし、今回のリニューアルで60代女性が主軸であった来店客層を拡大させようとしている。アウトレットモールは若年層からの支持が強いことから、街への流入数増が見込まれ、「土手町にとってチャンス」と意気込みを見せる。
 市が吉野町で整備を進める芸術文化施設も、土手町にとっては街中の回遊促進の好材料となる。街中での新たな「コト消費」拠点の造成に加え、並行して進められる予定の弘南鉄道中央弘前駅整備は公共交通の結節点に位置付けられることから、流入人口の増大が期待される。弘前市中心市街地活性化協議会事務局の木下克也氏は「土手町や鍛冶町など中心街への広がりをつくる核事業。世代を超えたさまざまな人が参画できるエリアになるのでは」と話す。
 中核施設のシャワー効果で活性化が望める部分はあるが、弘前大学教育学部の北原啓司教授(都市計画、コミュニティー・デザイン専攻)は、実際に人の流れを引き込むためには「街中でのライフスタイル、居場所を提案できるかが重要」と指摘。「成長時代に対し、人口減少期の現代は、お金でなく時間を使ってもらう街が求められている」と説く。
 可能性を秘めているのは空き店舗の有効活用だ。「借り手が付かないまま〝遺物〟にするのではなく、区画のシェアやベンチャー基地化など実験的に行っていく」と提言。「土手町の空き店舗率は現在は健闘していると
言えるが、限界に近づいている。今ならストックをうまく生かす潜在力はある」と訴える。
 その一例に挙げた百石町の津軽弘前屋台村かだれ横丁は、パチンコ店が入居していた商業ビルの空きフロアを活用して2008年にオープン。今では夜の社交場として親しまれ、商店街の関係人口増にも寄与している。「(かだれ横丁は)空き店舗だった頃にはイメージできなかった空間。今も動かせる土地や空間は多くあり、まだまだ街は面白くなる余地がある」

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関係人口増への活動=下・完

2019/5/27 月曜日

 

山崎代表取締役(左)と鎌田さん。学生が参加できるスーツ関連のイベントも構想中だという

上土手町交差点角に2017年4月開業したHLS弘前は“街中の学習室”として、来街者を増やすきっかけづくりに一役買っている。物品よりも体験や経験に対価を支払う「コト消費」志向が強まる現在。さまざまな専門家を招いたセミナー、異業種や同業者の交流会など、学生や社会人が学びを得る機会を提供する。同所を運営するBOLBOPの辻正太社長は「アイデアや場所にお金を払う文化がまだ地域に根付いていないが、利用者の輪は徐々に広がっている」と話す。
 同所が注力しているのは学生の引き込み。市と弘前大学の協力で行っている「弘前まちなかキャンパスプロジェクト」では、学生を商店街へ職業体験生として派遣し、事業者に対して若者の発想やアイデアを提供。商店街に新しい価値を生み出しながら、学生のキャリア教育を通じて地域で活躍する人材育成を図る取り組みだ。受け入れ店舗の一つである上土手町のヤマザキ洋服店のケースからは、商店街活性化への可能性が見えてくる。
 オーダースーツが強みの同店は、リピーターは付いているものの新規顧客の獲得が課題。今年1月から1カ月間、同店でインターンした弘前大学人文社会科学部2年鎌田翔至さん(19)は、オーダースーツを学生に勧めることを目標に据え、弘大生を調査した。結果は個人商店でスーツを購入した経験のある学生は80人中1人というものだった「老舗洋品店は高価格というイメージがある」と鎌田さん。同店は学生向けオーダーを約3万円からで提供しているが、大手量販店の広告力を前に認知されていない現状が浮かび上がった。
 鎌田さんはSNS(インターネット交流サイト)の中でも若者に人気のインスタグラムでの情報発信を勧めた。同店ではこれまで他のSNSで投稿していたが、助言によりフォロワー数が増え反応も変わってきたという。近隣の専門学校への就活スーツの売り込みなども提案。山崎均代表取締役は「学生の選択肢に加えてもらうことで取り込める可能性が出てきた」とうなずく。
 店舗業務を一通りこなせる鎌田さんは、現在もアルバイトで同店に携わる。「後継にどうか」との問いに、山崎代表取締役は間を置きつつも「ありかと思う」と答えた。後継者不足も商店街に横たわる課題の一つ。街の関係人口を増やすことは、それらを解決する糸口になり得るかもしれない。辻社長はHLS弘前で、商店の要望や困り事を受け付けてリスト化し、それを見て意欲のある人材が解決に動くというプロジェクトも構想。「HLSをハブにして商店街と人が関わる機会が増えていけば」と語る。
 弘前大学人文学社会科学部の保田宗良教授(マーケティング専攻)は土手町活性化への提言として、情報共有から踏み込んだ「情報共創」を挙げる。双方が知らない部分を確認して情報を与え合う意味合いの言葉で「商店主側で推測の部分が大きいであろう利用者ニーズと、それを踏まえて商店街に何が提供できるかを、タウンミーティングを開いて整理することが重要」と論じる。“隠れた”商品やサービスを発信するのみでなく、商店街の横のつながりを生かし、個店同士の強みを掛け合わせて新たな商材を提案することも可能だろう。「紀伊國屋の閉店は市民が商店街を地域資源として再認識することにもなったのでは。住民が自分事として、街がどうあってほしいかを考えなければならない」。令和の商店街は「人が関わっていく街」になることが求められる。

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