司法参加の糸口 裁判員10年

 

2019/5/22 水曜日

 

  刑事司法の“大改革”とされる裁判員制度が始まって10年。「司法参加の糸口」を期待された裁判員裁判は、身近なものになりつつある。市民は何を思い、法曹三者(裁判官、検察官、弁護士)の目にはどう映っているのか。経験者の声や制度の実情と課題などを3回にわたって紹介する。

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法曹三者の視点=上

 

「今後は制度の説明だけでなく、裁判員制度の導入によって得られた成果を広めていく必要がある」と話す古玉判事
「経験者からは制度に関する好意的な意見を多く耳にするので、制度はおおむね順調に運用されているのでは」と話す吉武次席検事

 刑事裁判に市民感覚を反映させることなどを目的に始まった裁判員制度。青森地裁の裁判員裁判で裁判長を務める古玉正紀判事は「裁判員裁判は『事件の核心に迫る』という刑事司法の理想に近い」と評する。制度の導入で、裁判官が膨大な書類を読み込み、事件と関係ない部分まで認定する「精密司法」から、争点を絞って法廷での証言を中心に事実を認定する「核心司法」への転換につながった。
 裁判員が加わったことで、事件について話し合う「評議」の場に多角的な視点がもたらされた。古玉判事は「多様な人生経験を持つ裁判員のおかげで、裁判官だけの評議よりも深い議論ができている」との認識を示す。
 ただ、評議の進め方に関しては検討の余地が残る。「司法に関する知識がない裁判員は、裁判官の言葉に影響されやすい」として、「裁判官と裁判員が平等な立場で、互いに遠慮なく意見を言い合える環境が必要」と強調した。
 裁判で被告の犯した罪を証明する検察官。「裁判員の皆さんは事件と真摯(しんし)に向き合っていると感じる」と語るのは、青森地検の吉武恵美子次席検事。この10年、検察として「分かりやすい立証」を心掛けてきたという。難しい言葉の言い換えや裁判員に配るメモの明確化など、できる限りの対応を続ける。「こうした取り組みは全国的に定着してきている」とする吉武次席検事だが、「日々研さんを積んでレベルアップしていかなければ」と前を見据える。
 現在、遺体や犯行現場の写真など刺激の強い証拠は裁判員の負担を考慮し、裁判所が取り調べの必要性を認めない傾向にある。吉武次席検事は「裁判員の負担は当然考慮しなければならない」としつつ、「被害者や遺族は、自分たちがどんな被害に遭ったのかを明らかにしてほしい気持ちがある」として、今後も必要な証拠は取り調べを求める姿勢だ。
 一方、被告の立場で権利、利益を守る弁護士。県弁護士会刑事弁護委員会委員長の横山慶一弁護士は「(公判で)裁判員からの質問が少ない」と語り、「市民が主体的に参加できる制度にしなければならない」と注文を付ける。
 裁判員制度については「裁判官の常識では有罪に傾くケースが多い。それとは異なる一般人の常識が加わるのは良いこと」と評価。裁判が始まる前に法曹三者が集まって争点を絞り込む「公判前整理手続き」により、検察官の主張や提出する証拠を事前に把握することができ、弁護活動の方針が明確になるなど「裁判員制度導入の成果は表れている」と感触を述べる。
 しかし、「裁判員になりたくない人が増えている印象がある。制度はまだ定着していない」と指摘「市民が裁判員として参加する意義がどこにあるのか、裁判所がもっと広める必要があるのでは」と制度浸透の重要性を訴えた。

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経験者の思い=中

2019/5/23 木曜日

 

裁判員裁判に関わり、情報発信やバランスのいい報道、法教育の必要性を感じたという太田さん

 2013年3月4日から行われた本県46例目の裁判員裁判に参加した公務員の太田淳也さん(52)は、弘前大学が開催するシンポジウムなどに積極的に参加し、今も自らの経験を社会に伝えている。
 職場で裁判員制度について研修を受けたこともあり「普段接する機会がないことだが、やってみよう」と前向きに捉えたという。
 制度の最大の成果は裁判が分かりやすくなったことだが、警察や検察が作った調書に頼らず、証人尋問などを含め口頭でのやりとりが多くなった。
 太田さんは「戸惑うことなく終えることができた」とし、審理の進め方についても「ワークショップをやるようにホワイトボードを使って分かりやすく進められ、困ることはなかった」と振り返る。
 経験者は、犯罪やそれを取り巻く環境を“自分事”と捉えているケースも多い。
 「選ばれたことに感謝したい」と笑顔を見せるのは、本県で37例目の裁判員裁判に参加した五所川原市の茶道講師小野利さん(60)だ。「私たち市民に(裁判に)参加してほしいと始まった制度。もし選ばれたら、その分の仕事をすべき」と力を込める。
 現住建造物等放火の罪に問われた男の裁判を担当し、「被告人は家族とのコミュニケーション不足から犯行に至ってしまったと思う。何でこんなことをしたのか」と事件を身近に捉え、量刑判断と向き合った。法廷での被告人の姿を見て「犯罪はやってはいけないことだけど、いつ、誰が同じ立場になってもおかしくない」と考えるようになった。
 現在も「担当事件の被告人は今どうしているだろう。出所後の生活をしっかりやれているのか」と案じる。
 課題の一つである裁判員の辞退率。辞退者は制度が始まった当時は5割程度だったが、最近は7割近くに上昇している。
 太田さんが参加した裁判は年度末にあり、トータルで5日行われた。「裁判が終わってから職場に顔を出し、(仕事を)調整できたので困ることはなかった」と状況を説明する。一方で「時期によっては厳しいかもしれない。(一般的には)長期化を懸念する人や職種などにより参加しづらい人もいるのでは」と語り、周囲の理解や仕組みの浸透の重要性も指摘した。
 メディアで裁判員が暴力団員から声を掛けられたといったネガティブな報道が多いように感じているといい、「悪い部分だけではなく全体を伝えるべき」とバランスのいい報道の必要性を強調。「実は日常生活は法律に囲まれている。早い段階から、何で悪いのか、どういう法律に触れるのかという教育も行うべき」と法教育の充実も訴えた。
 小野さんが裁判員を経験してから7年が過ぎたが、「裁判はとても難しい決断を迫られる。私たちの選択が、その人の一生を左右してしまうかもしれない」と語り、当時抱いた判断の難しさや責任の重さを今も決して忘れることはない。
 多くの議論や苦労から成り立つ裁判員制度。太田さんは「守秘義務の範囲ということはあるが、公判は公のもの。もっと情報発信してもいいのでは。制度は導入からまだ10年。議論を深め改善しながら続けてほしい」と今も制度と向き合っている。

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有権者に聞く=下・完

2019/5/24 金曜日

 

制度開始から10年が経過し、「一定の効果がある一方で、浸透には時間がかかる」と語る平野教授

 2009年9月、本県初の裁判員裁判となったのは、20代前半(当時)の男が強盗強姦などの罪に問われた案件。性犯罪を初めて審理した、全国3件目の裁判員裁判だった。
 青森地裁で裁判を傍聴した弘前大学の平野潔教授(46)は「傍聴券を獲得するために長蛇の列ができた。次の日の新聞は各社大きく詳細に取り上げており、裁判員をクローズアップしたものも多かった」と当時の注目度の高さを振り返る。
 裁判員裁判は殺人、強盗致死傷、現住建造物等放火といった一定の重大な犯罪が対象で、市民に「事実認定」と「量刑」の判断が委ねられる。本県では92件の裁判員裁判が行われ、98人の被告に判決が下された。
 青森地裁で70件以上の裁判員裁判を見続けてきた平野教授は、制度の効果について「刑法の性犯罪規定が改正されて厳罰化され、法が変わるところまできた。死刑判決についても市民の『許せない』という感覚が反映されている例もある」と語る。
 加えて、刑事裁判の構造を「書面ではなく、その場で見て聞いてということが原則」と前置きし、「市民参加を取り入れることで原則に立ち返り、刑事訴訟法の基本理念に沿った裁判になりつつある。えん罪を防ぐという意味でも望ましい形だ」と解説する。
 全国的には裁判員経験者は約9万人に上る。制度について総じて「刑事裁判の構造が分かり、犯罪は遠い世界の話ではないと感じられる点では、刑事司法と市民の距離は縮まったのでは。経験者にとっては分かりやすくなった」と評価。一方で「10年がたって明らかに報道量も減り、一般市民との司法の距離という点で、社会全体への浸透にはまだ時間がかかるだろう」と指摘する。

 平野教授はこの10年、法社会学や法教育などを専門とする教員と共に、学生が中心となって制度について調査、報告書をまとめるプロジェクトの継続、裁判傍聴、経験者へのインタビュー、シンポジウムの企画といった研究、教育を積極的に行ってきた。
 こうした経験を踏まえ、裁判員候補者や裁判員に決まった人が抱える悩みとして「仕事を休みづらい」という点を挙げる。「依頼すれば裁判所から会社宛てに手紙を送るなどの工夫も必要」とサポート体制の充実を求める。
 大きな課題とされる「裁判員の辞退」についても、裁判員が抱く不安感を取り除くのも解決の手だての一つとし「単純に服装や交通手段、昼食、終了時間といったささいなことを丁寧に説明するのも大事」と方策を示す。
 弘前大では18年度に、人文社会科学部社会経営課程経済法律コースの専門科目として初めて、地域が抱える司法の課題に切り込む授業「地域司法実習」が始まった。アクティブラーニング形式を取り入れ、経験者インタビューなどを授業の中でも展開している。
 制度開始から10年が経過し、教科書で裁判員制度を学んだ子どもたちや、高等教育の場で制度に触れた学生たちが、社会にようやく出始めている。
 平野教授は「模擬裁判など体験型を取り入れた子どもたちに対する教育の充実と、制度に関する教育を受けていない世代への情報発信の在り方という両面から考える必要がある」と制度浸透への手だてを述べ、積極的な発信を呼び掛ける。

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