’19県議選 票の行方

 

政党=4・完

2019/4/12 金曜日

 

投開票結果に厳しい表情を見せる自民党県連幹部。与野党ともに課題を残した県議選となった=7日午後11時40分ごろ

 「選挙イヤー」序盤戦で、現職4人が落選した自民党。県議会における「1強」は維持したが、落選者には組織の中枢を担う重鎮2人が含まれ、厳しい結果に。参院選など今後の一連の選挙を見据え、早くも組織の立て直しに着手している。
 自民は公認、推薦合わせ34人を擁立、30人が当選した。推薦候補を含めても改選前から1議席を減らし、筆頭副会長成田一憲(五所川原市区)、幹事長神山久志(東郡区)が落選。東郡区の議席を失ったことで、全16選挙区に有していた党の議席に空白区が生じた。
 党県連会長の江渡聡徳は7日の開票後に「厳しい評価が出た」と受け止めを語り、自身の責任にも言及。9日に開いた県選出国会議員団の会合で会長職の辞意を表明した。慰留を受けて参院選までの続投が決まったが、党県連の役員体制は刷新することとなった。
 江渡は今回の結果について今後の一連の選挙にも「それなりの影響が出るだろう」との考えを示しており、選挙態勢の見直しは不可避に。今回選に自民党との連携を強めて臨んだ公明党県本部代表の伊吹信一は「(現職落選は)それぞれ地域事情があった。知事選、参院選に影響が出ないようにするしかない」と気を引き締めた。
 一方の野党は立憲民主党が県議会で初議席を獲得。国民民主党、共産党がそれぞれ現有議席を維持するなど一定の成果を挙げたが、候補者を擁立できた選挙区が限られるなど、今後に課題も残した。
 立憲民主党県連代表の山内崇は結果について「いいスタートが切れた。県民は与党の圧倒的多数という現状に満足していない」と語った。統一地方選後半戦の弘前市議選、参院選にも公認候補を立てており、野党として存在感を示し、選挙戦を通じて党としての地力をつけていく考えだ。
 ただ同党が県議選で候補者を擁立したのは弘前市区のみ。今回は国民民主党と社民党、社民党と立憲民主党が協力態勢を築くなど、これまでにない野党連携の動きを見せたが、非自民の受け皿として十分とは言えない。
 社民党県連代表の三上武志は狙った議席奪還は果たせなかったが「(推薦候補が当選するなど)野党協力が良い形で成立し、一定の成果を生んだと思う」と語り、今回の連携を今後につなげる構え。
 国民民主党県連代表の田名部匡代は各選挙区に公認候補を擁立できなかったことを反省点の一つとして挙げ、「自民勢力に対峙(たいじ)するには幅広い非自民勢力が結集し、一緒に臨むことが重要。選挙ごとの連携や協力が参院選につながっていく」と野党連携の重要性を改めて強調した。
 野党3党とは一線を画し、独自の運動を展開した共産党はむつ市区に擁立した新人は落選したものの、県内3市区に現有3議席を維持。弘前市区では過去30年で最高の得票率15%を確保、八戸市区では最後の議席を自民党と争い、競り勝った。
 党県委員会委員長の畑中孝之は「参院選では地方議員の基盤がものを言う。得票率は議員の有無で大きく差が出る」とし、参院選の統一候補擁立に向けた協議の上でも今回の結果は重要と分析。知事選の候補者の選考作業も再開する構えだ。
(文中敬称略)

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北郡区・当郡区=3

2019/4/11 木曜日

 

激戦を象徴するかのように、選挙期間中は齊藤陣営と相川陣営の選挙カーが鉢合わせする一幕も(北郡区)

 「正直、(序盤は)負けていた」。北郡区の自民現職齊藤直飛人(43)は、3選に沸く事務所で冷静に選挙戦を振り返った。
 無所属新人の相川順子(61)とは今回が3度目の顔合わせだが、一騎打ちは初めて。選挙区を2分する激戦の中、齊藤は若さと実績をアピールしながら選挙区内での声掛けを徹底し、中でも地元板柳町での票固めに全力を挙げた。相川の地元鶴田町での票の掘り起こしにも腐心し、流れ掛けた票をつなぎ止めた。
 知事・三村申吾が2度にわたってマイクを握ったほか、衆院議員の木村次郎ら自民関係者の手厚い支援も勝利を後押しした。
 告示前、相川は過去2回敗れた齊藤と、今回は互角の戦いをすると見込まれていた。
 「過去2回に比べ非常にたくさんの方とごあいさつさせていただいた」と相川が振り返るだけあり、出馬表明以降、標榜(ひょうぼう)する「草の根選挙」に奔走した陣営。主に福祉・子育て支援への取り組みを強くアピールする相川は、若者を含む幅広い世代への浸透を狙いながら支持拡大を図った。
 それでも結果は1303票もの大差。鶴田町では齊藤を上回る票を獲得したものの、及ばなかった。陣営の一人は「現職の壁、自民の壁は厚かった」と振り返った。
 「勝負の場だった平内で負けた」とは東郡区の自民現職神山久志(71)の弁。16年ぶりとなった選挙戦は前今別町議の福士直治(48)との保守分裂の一騎打ちで、大票田・平内町の動向が勝敗を分けた。自民は党県連幹事長の要職を担うベテランを失う大波乱となった。
 同党党員だった福士は出馬表明で除名処分を受け、両氏の支援をめぐり選挙区内4市町村の首長、議員が二分したことなどで、東郡区は注目の選挙区に。選挙戦は白熱し、県全体の投票率が50%を割る中、東郡区は選挙戦となった10選挙区で最高の65・88%。今別町は80・08%と、県内で唯一8割台に乗せた。
 選挙区の有権者は外ケ浜、今別、蓬田の3町村で1万人強、青森市を挟んで東側の平内町が1万人弱。得票数は外ケ浜町が神山、今別町が福士とそれぞれ地元で勝利し、蓬田村では福士がわずかに上回って、3町村では約70票差だった。
 平内町は4町村で最後に得票が確定し、神山が約2400票、福士が約3300票。同町では町長が福士側につき、支援する議員数も神山を上回った。
 有権者は福士の若さや「東郡の変革」という訴えを選択。福士陣営が選挙戦の構図を例えた「アリがゾウを倒す」が現実となった。
 「これが東郡の皆さんの民意」と結果を受け止めた神山だが、重鎮の落選は党県連にとっても大きな痛手。東郡区の結果は、党県連に早急な態勢の見直しを迫ることになった。
(文中敬称略)

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五所川原市区・西郡区=2

2019/4/10 水曜日

 

7日夜、落選が濃厚となり渋い表情を見せる成田一憲陣営。自民県連筆頭副会長の落選は大きな衝撃だった

 「(選挙期間中は)自民党だけではいけないという声を多くいただいた」と振り返る国民民主元職の今博。“野党集結”を合言葉に社民党や連合青森などから推薦を受け、国民代表の玉木雄一郎や参院議員の田名部匡代らも支援に駆け付けた。結果、五所川原市区の「自民1強」に風穴を開け、8年ぶりの返り咲きを果たした。
 今は「自民県連筆頭副会長の成田(一憲)さんを破った意義は大きい。わが党が県民に定着していくことを期待したい」と力を込めた。
 その成田には、知事・三村申吾や中泊町長・濱舘豊光が街頭でマイクを握ったほか、前回選で同町から出馬した塚本悦子ら町議全員が支援に回った。しかし高齢多選批判などから票をまとめ切れず、議席を逃した。
 陣営は「地元では手応えもあったが、五所川原市の(候補者)3人が激戦で、票がこちらに流れなかった」と分析。小泊地区出身の前衆院議員升田世喜男が今を支援したことも挙げ「中泊から県議がいなくなってしまった。当選した3人には中泊にしっかり目を向けてほしい」と注文を付けた。
 自民現職の櫛引ユキ子と寺田達也は、昨年の五所川原市長選の“延長戦”を展開。櫛引には市長・佐々木孝昌や与党市議9人が応援に回り、寺田には野党市議12人が付いた。前回より約900票伸ばしてトップ当選を果たした櫛引陣営は「圧倒的勝利こそならなかったが、トップを取った意義はやはり大きい」と強調する。
 一方、「正直、落選という文字も浮かんだ」と相当の危機感で臨んだ寺田陣営。組織の引き締めを図って懸命に票固めに奔走した。得票数は前回選を下回ったものの「五所川原市での櫛引との差は約350票。市長選でわれわれが推薦した候補者と佐々木市長との票差(約650票)を考えれば、今後に希望が持てる数字」との認識を示した。
 「鯵ケ沢町の親分たちは、みんな向こう」。西郡区で5選を決めた自民現職の工藤兼光は、同町舞戸町の事務所で支持者らに感謝の言葉を述べた後、語気を強めた。「親分」とは、無所属新人の齋藤孝夫を支持した町長・平田衛や過半数に及ぶ町議、元県議の冨田重次郎ら町有力者を指すのは明らか。
 工藤、齋藤の一騎打ちは結果的に一昨年の町長選と同じ対立軸で、代理戦争の様相を呈した。工藤には深浦町長・吉田満や同町議の多くが支援に回った。
 最初に名乗りを挙げた前鯵ケ沢町議会議長の長谷川統一(のりかず)が急逝後、齋藤が出馬を表明。西郡区16年ぶりの選挙戦が確実視されると、工藤は歓迎しつつ危機感を募らせ、「これまで全力でやってきたので簡単に(県議職は)渡せない」と懸命に票固めに走った。同町とのねじれは今後も続くが「ねじれては住民サービスにつながらない。溝を深めず、こちらから出向き、話したい」と語った。
 齋藤陣営は工藤支持層が厚い深浦町の敗北は想定内とし、鯵ケ沢町での善戦で当選を見込んだが大差で敗北。有力支持者は「知名度のなさと出遅れが原因だ。町長票もだいぶ工藤に行った」と肩を落とした。
(文中敬称略)

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弘前市区=1

2019/4/9 火曜日

 

弘前市区は立憲民主党の鶴賀谷貴(左から2人目)が同党の県内初議席を獲得。“オール立憲”での戦いが功を奏した

 「投票率がこれほど低いとは」。県議選弘前市区の投票率は合併前の旧市を含め、平成に入って行われた計8回で最低の44・14%。各陣営も当初から有権者の関心は低いとみていたが、結果は予想を超えるものだった。
 トップで2期目当選を飾った自民現職の谷川政人は「特に序盤は手応えがなく、正直なところ今回は駄目なのかとさえ思った」と吐露。前回選(2015年)に続き、1万票以上を獲得した共産現職の安藤晴美も「有権者の選挙への期待が薄いのではと感じる部分も多々あった」と語る。
 有権者の「選挙離れ」がますます顕著になり、上位当選した陣営でさえ難しい戦いを強いられた。その中で、独特の戦略が奏功したのが立憲民主新人の鶴賀谷貴だった。民主新人で出馬して落選した前回選より、3000票以上も伸ばし、立憲初の議席を獲得した。
 党県連が発足したのは昨年7月。本人が出馬表明したのも今年1月と、まさに短期決戦。2月には党本部から代表の枝野幸男、選挙戦では党代表代行で選対本部長の長妻昭がてこ入れに訪れた。後に続く弘前市議選と参院選の党公認候補予定者も積極的に街頭に立つなど“オール立憲”を前面に打ち出し、党の政策を明確に訴え続けた。
 県連レベルで初めて政策協定を結んだ社民の支援も後押し。非自民系元県議の支持者ら立憲の政策に共感する層も取り込み、自民批判票の受け皿になった。
 選対本部長で県連代表の山内崇は「県連設立以来、半年程度でよく議席を獲得できた」とし、鶴賀谷は「知名度不足に本当に苦労したが、選挙戦後半は日に日に立憲への期待を感じた」と語った。
 各陣営から驚きを持って受け止められたもう一つが、無所属の現職菊池勲の落選だ。若手経営者らに支持されて前評判も高く、トップ当選も有力視されていた。しかし、得票数を前回選より500票以上減らし、減り幅は全7陣営で最大。惨敗だった。
 陣営は前回選同様、支持を受ける企業回りを中心に選挙戦を展開。加えて今回は公明の推薦も受け、盤石の態勢で臨んだかに見えた。しかし、票の上積みにはつながらず、陣営関係者からは、推薦を受けたことで政党色が強まり、逆に票が離れた―といった指摘も出ている。
 陣営幹部は「(経済界の反応には)手応えを感じていたが、末端にまで支持を広げることができなかった」と悔やむ。
 弘前市で長年選挙活動に携わってきた関係者の一人は、近年の有権者について「“誰かに投票しよう”という明確な意識が薄くなっているようだ」と分析し、かつてより票読みが困難になっている―と強調。さらに「有権者に分かりやすく、明確な主張が求められている」とし、ターゲットを絞った選挙戦を展開する必要性を指摘した。
(本紙取材班、文中敬称略)

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  激戦となった県議選が終わった。津軽地方の各選挙区の結果を振り返り、今後知事選や参院選を控える各政党への影響を探る。

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