山里を彩る (長尾キヨ)

 

北海道大学の校章「オオバナノエンレイソウ」=31

2008/5/5 月曜日

 

 名前の通り、白く大きな花弁を持つ。ちなみに花弁のサイズは長さ18~62ミリ、幅7~36ミリとびっくりするほどである。これが大きな群落をつくっているのだから見る人に感銘を与える。
 この花は北海道大学の寮歌の一節に「雲ゆく雲雀(ひばり)に延齢草の 眞白の花影さゆらぎて立つ」と詠み込まれている。延齢草はオオバナノエンレイソウである。北海道大学の校章にもデザインされている。
 ペリーは1853年7月、わが国を開港させるため、艦隊を率いて浦賀に来航し、大統領の親書を幕府に提出した。翌年、横浜で「和親条約」を結んだ後、下田・函館に回航し、もうひとつの目的である気候風土を知るため、函館山一帯の植物約100種を採取し米国に持ち帰ったのである。この中にオオバナノエンレイソウも含まれており、これから北海道を「豊かな大地」と記しているそうである。
 オオバナノエンレイソウは北海道と本州北部に分布しており、津軽の山地・湿地ではかなり多くの生育地が知られている。
 わたしのお気に入りのペンダントがある。18年前、礼文島を旅した時の記念で、オオバナノエンレイソウを彫ったものである。
 「延齢草」―齢(よわい)を延ばす
草という意味であるが、その由来は不明である。根茎を乾燥させたものを「延齢草根」といい、食あたり・腹痛などの胃腸薬として用いるとのこと。

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最近 名前が変わったのです「ヒョウノセンカタバミ(氷ノ山酢漿草)」=32

2008/5/12 月曜日

 

 ヒョウノセンカタバミは、庭や道端などで普通に見られる小さな黄色い花のカタバミと比較すると、驚くほど大きく優美な花をつける。透けるようなピンクに赤い筋の入った花弁が五枚。太陽に向かって精いっぱい咲いているその美しさに魅了されてしまう。

 兵庫と鳥取の県境に位置する氷ノ山で初めて確認されたことからつけられた和名。
 以前は梵珠山に生育しているのはエゾミヤマカタバミと呼ばれていた。それまでは標高500メートル以上のものはコミヤマカタバミ、500メートルまでのものはエゾミヤマカタバミと判断してきた。最近、梵珠山のものが氷ノ山で確認されたものと同じであることが判明した。梵珠山、崩山、馬の神山などに生育しているのもすべてがヒョウノセンカタバミであることが分かり、すっきりした。

 子供のころ、カタバミの実をはじいて遊んだり、スカンコといって摘んで食べたりしたことが懐かしい。
 カタバミは葉や茎にシュウ酸を含み酸味が強いので酢漿草とも書かれ「スイモノグサ」の名があり、料理に利用されることもあるという。
 カタバミは古くから知られた植物で、その葉は家紋の図柄として用いられている。片喰(カタバミとも書く)紋は、植物の紋の中では桐紋に次いで多く用いられていることは意外に知られていない。

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浦島太郎の釣り糸「ウラシマソウ(浦島草)」=33

2008/5/19 月曜日

 

   25年ほど前、友人のIさん、Sさんと小泊地区の山へ遊びに行った。川のほとりを歩いていたIさんが「こごさ不思議な花咲いでらよ」と、大声で叫んだので急いで行ってみた。図鑑でしか見たことのないウラシマソウだったのである。
 長い葉柄が出て1枚の葉が直立して出る。その葉は鳥の脚のように分かれる。葉より低い位置に暗紫褐色の仏(ぶつ)炎(えん)苞(ほう)があり、仏炎苞の中から長い長い糸のようなものを花(か)序(じょ)の先から出し、地面に届くくらい垂れている。
 この様子をカメの背中に乗った浦島太郎が手にしていた釣り竿(ざお)の糸に見立ててウラシマソウと呼んだのである。本当に奇妙な植物である。
 ウラシマソウは北海道から四国まで広く自生している。ミズバショウやザゼンソウなどと同じサトイモの仲間である。高さ30~50センチ。日本固有の植物で林下や林縁に生育し、スギ林やタケ林にもよく見られる。
 花は雌雄異株であるが、雄株のほうが多く雌株は少ない。というのは若い個体は雄株であるが、成長すると雌株に変わる。いわゆる性転換を起こす。
 秋になると太い花穂に赤く熟した実がいっぱい固まって付いているのが雌株である。

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るり色の美しい実「ツバメオモト(燕万年青)」=34

2008/5/26 月曜日

 

  2003年6月、つがる市のSさんの案内で青森県には自生がないといわれるキヌガサソウを確認するため、相馬村(当時)へ出掛けた。
 下車して歩いていくと、少し開けたところに出た。なんとそこには、今を盛りとツバメオモトが咲いていた。まるでファミリーのように一塊になって点在している。
 ツバメオモトは亜高山帯の針葉樹林下に生育するが、日本海側を中心に高海抜地のブナ林でもよく見かける。
 根元から2~5枚の大きな葉を出しているが、その葉の形がオモトに似ていて、8月ごろに付く果実の色がツバメの羽の色を思い浮かばせるところから、この名が付いたという。
 ツバメの名をもらうもとになった果実は、花が終わって急に高く伸びた茎の先に付く。径1センチほどの丸い形で、るり色が美しく遠くからでもよく目立つのである。
 葉は外見ではオモトに似ているが、葉質はずっと柔らかい。若葉は食用となる。中国では雷公七と呼び、解毒・鎮痛剤に用いるとのこと。
 この日は咲き始めたばかりのキヌガサソウを確認できたほか、シラネアオイの群落やムラサキヤシオツツジ、エゾノリュウキンカなども観察できた。帰途、相馬村の一区画でシロバナノタニウツギがタニウツギと紅白ペアで咲いているのを観察できたのも大きな収穫だった。

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源平一ノ谷合戦「クマガイソウ(熊谷草)」=35

2008/6/2 月曜日

 

 「野生ランでこれほど豪華な姿をしているものは珍しい。見た人を花の虜(とりこ)にしてしまうのに充分な資格をもっている」と、〈屏風山植物誌〉で津軽植物の会会長の木村啓氏が述べている。
 クマガイソウは日本特産のランで、花の大きいこと、形がユニークなことなどで人気のある名花である。北海道の南部から九州まで分布し、人里近くのスギ林やタケ林の中などに群生することが多いのでよく知られている。
 2枚の向き合った大きな扇形の葉には縦(たて)皺(じわ)が多く、花がなくてもすぐクマガイソウだと分かるほどの特徴を持っている。5月ごろ、2枚の葉の間から茎が伸びて、1個の大きな花(径6~10センチ)がうつむいて開く。目立つのは袋状の唇(しん)弁(べん)で淡い小豆色をして透明さがあり、紅色の網目模様がついている。
 和名は袋状の唇弁を、鎌倉時代初期の武将熊谷直実が背負った母(ほ)衣(ろ)に見立てたものである。アツモリソウ(敦盛草)の花もよく似ているが、紅色が美しい。アツモリソウの唇弁の形も広い袋状となる。この形を平敦盛の背負った母衣に見立て名付けたという。源平の一ノ谷合戦で熊谷直実と平敦盛との勝負を髣(ほう)髴(ふつ)させる名前の付け方が面白い。
 おびただしい数のクマガイソウが薄暗い林の中でゆらりゆらりと揺れているさまを想像してほしい。
 しかし、生育地の消滅と鑑賞用のために採取されて極端に数が減少している。生育地の保全と採取しないことが望まれる。

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