きょう22日発売の「津軽さくら物語」のジャケット(テイチクレコード提供)

 「津軽さくら物語」は、川中美幸の芸能生活40周年を記念した「美幸のうたの旅人シリーズ」第1弾と位置付けている。歌詞のきっかけになった須藤詩子の長女雅子は「最初は驚いたが、とてもうれしかった」と、52歳の若さで他界した母親を思い出して涙ぐみながら声を絞り出した。
 須藤は桜への思いが人一倍強く、代表を務める「桜舞くらぶ田舎館」の桜植樹や、姉妹クラブ「桜舞くらぶ」が行う弘前公園の桜の保護・PR活動などに積極的だった。2007年末に胆石の手術を行って初めて、膵臓(すいぞう)がんが見つかった。この時点で他への転移が認められ翌年、看護師として人のために生き、桜でいっぱいの街を夢見た生涯を閉じた。
 「看護師だったこともあるだろうが、自分より他の人を気に掛ける人。家では私たち家族を大事にしてくれた」という。誇りにする母親を失ったショックから立ち直れずにいた雅子だが「母がやってきたことが歌に残っている」と、CD化に関わった人たちに感謝した。歌の中で生き続ける母親を感じたことで、悲しみが和らいだようで「私と同じく、大切な人を亡くした人を元気づける歌だと思う。多くの人に聞いてほしい」と話した。
 弘前市や弘前観光コンベンション協会などが、始まってから1世紀になる弘前さくらまつりをどう盛り上げるか検討している中で決まったCD発売。歌詞に弘前城や長勝寺が登場し、2月22日というリリース時期も春の旅行を計画している人たちへのアピール材料になり得るとみられる。
 同協会は「弘前の桜が前面に出された歌は少なく、しかも川中というビッグネームが歌う効果は大きい」と期待し、初の「推薦曲」にした。弘前の桜を見たことがない川中自身も「プロモーションビデオに弘前の映像があり、私も弘前さくらまつりを見たくなった。この歌でたくさんの人が、弘前に行ってみようと思ってくれればうれしい」と話した。
 多くの縁をつなげ、歌に姿を変えた須藤。この世を去っても白衣の天使として人の心を癒やし、日本一と称される弘前の桜をPRし続けている。