創生への道 人口減少時代を生きる 〈第1部〉

 

学校統廃合の現状・前=1

2017/1/1 日曜日

 

 昨年4月、弘前市十面沢の自然豊かな地に裾野小学校が誕生した。裾野中学校区にあった修斉小と草薙小の2校が統合した学校で、開校に当たって立派な校舎が建てられ、児童63人でスタートした。
 開校から9カ月。「(草薙小は)あまりにも人数が少なかったので、娘のことを考えると統合して良かった」と裾野小に6年生の長女を通わせる母親(38)は言う。自身も草薙小出身で母校がなくなるのは寂しかったというが、統合後は「娘が前よりたくさんの友達と触れ合っているので楽しそう」と目を細める。

裾野小学校新校舎の完成記念式典で歌う児童たち。統合校の先例として新たな一歩を踏み出した=昨年11月

 同小4年の次男を持つ葛西真由美さん(44)は、次男の学級や他の複式学級の様子を見て「複式だと子どもが落ち着かない」と感じる統合前は男女1人ずつの2人だった次男の学年が、統合後は8人になった「人数が増えて子どもたちが全体的に明るくなった。同性のクラスメートが増えたことで、自分を発揮できるようになった子が多いのでは」と語る。
 弘前市では農村地域の児童数減少が顕著だ。市教育委員会は、児童数の減少によって導入せざるを得ない複式学級を回避・解消するために学校再編を進める。だが、特に地域への愛着が強い農村地域の住民にとって、学校は地域の歴史そのものであり、地域に学校がなくなると地域が寂れる―といった声が多く聞かれる。
 その上2校の場合は、地域説明会の段階で難航した。校舎の耐震性に問題がなかった草薙小校舎をそのまま統合校として使っては―という住民らの主張と、裾野中に近い場所に新校舎を建設するという市教委の案との間で意見がまとまらず、計画が3年ほど行き詰まった。
 西さんは、PTAの代表として幾度も説明会に出席したことから「統合対象となった地域の声は、たとえ子どもの声でも真摯(しんし)に聞いてほしい」と訴える。また、複式学級(学年二つ)の児童数が上限16人と定められる国の基準に対して「複式の基準を取っ払わないと、いくら統合しても繰り返し」とも指摘。少子化の一因として、農村地域である同地区に50~60代の独身男性が多い問題も浮かび上がった。
 市教委は今後も6校の統廃合計画を検討課題に挙げる。市学校づくり推進課の宇庭芳宏課長は「保護者の不安をどう解消し、現状を知ってもらうかが課題。保護者や地域の要望を聞き、それが実現可能かどうか検証していくことが不安解消につながるのでは」と再編計画を進める上での姿勢を説明する。
 市教委が2015年度に策定した「弘前市立小・中学校の教育改革に関する基本方針」によると、統合案が出ているのは、百沢と岩木、小友、三和と新和、三省と致遠、大和沢と千年、青柳と朝陽の各小学校。地区によって意見交換会や議論の進み具合はまちまちで、具体的な実施時期は不透明だが、方針通りに統合が進んだ場合、小学校数は現在の35校からいずれ29校に減る見込みだ。
 一方で、小規模校の強みを生かした仕組みも導入予定。長い間複式学級が導入されている常盤野小・中学校では、豊かな自然に囲まれた教育環境と地域との連携が期待できるメリットを生かして「小規模特認校制度」を17年度から始める。学区に関係なく入学できる仕組みで、小規模校での教育を望む家庭の受け皿とする考えだ。
 歯止めがかからない少子化。未来を担う子どもたちのためにも、一歩先を見据えた柔軟な対応が求められる。

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学校統廃合の現状・後=1

2017/1/2 月曜日

 

 県内の児童・生徒数の減少が止まらない。文部科学省の学校基本調査を基に県教委がまとめた1951年度からの数値によると、小学校の在学者数は59年度の23万9211人をピークに右肩下がりで推移。2015年度は59年度の約4分の1の6万2719人まで減った。中学校も同様の傾向にある。将来的に生徒・児童数の大幅な増加は見込めず歯止めの利かない少子化に、県や各市町村では統廃合を進めるしかないのが現状だ。
 小学校の在学者数は55年度に20万人を突破。その後、4年連続で増加したが、ピークの59年度から減少の一途をたどる。63年度に20万人台を割り、89年度(平成元年)には12万6502人まで減少。97年度にはついに10万人を割った。
 中学校の在学者は61年度に10万人を突破し、翌年度の12万4040人をピークに減少していく。89年度には7万1011人で、2015年度は3万6719人とピーク時から大幅に減少した。
 児童・生徒数の減少に伴い、県や市町村は経費削減や学級数の確保、クラブ活動の維持などのため、統廃合を進めてきた。小学校数は1958年度に最多の643校となったが、69年度に初めて600校を切ると、94年度には500校台を割り込み、2015年度には302校まで減った。中学校は1956年度の333校が最多で、以降は緩やかに減少し2015年度は166校となっている。
 止まらない少子化に津軽地方の市町村は“次”の統廃合を計画している。弘前市では市立35小学校を29校とする統廃合案を検討中。児童数の減少が顕著な農村地域で導入されている複式学級を解消するのが狙いで、18年度までに計画をまとめる見通しだ。
 黒石市では現在の10小学校、4中学校を20年度までに4小学校、2中学校に再配置することが決定。主に、17年度には六郷、東英中が廃校となり黒石と統合。黒石、中郷、北陽小も20年4月に一本化し、中郷中敷地内に新しい校舎が建築される。
 西北地区では鶴田町内の6小学校を1校とする。町内児童の約6割を鶴田小児童が占めることから、現在の鶴田小敷地へ統合小学校を建設する。16年から基本設計を開始し、順調に進めば20年4月に新たな統合小学校が開校する予定だ。
 集団の中での学びを確保しようと次々に進む統廃合。一方で「学校が無くなることは地域の衰退にもつながる」という地域住民の声も根強い。学校が子どもの教育だけでなく、地域社会の核となっている地方において、その存在の“消滅”が与える影響は計り知れない。減り続ける子ども、減りゆく学校…。解決への模索が続く。

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魅力ある教育=2

2017/1/3 火曜日

 

昨年10月の西目屋小統合40周年記念式典で歌う児童たち。村唯一の小学校として、地域住民とともに今後の発展を誓った

  このまま人口減少が続くと、2021年ごろには西目屋村は700人の村になってしまう―。そう危機感を募らせたのはおよそ10年前。当時人口は約1600人だった。関和典村長と村教育委員会の長利允弘教育長は、若い世代の移住・定住を図ろうと、教育環境の充実と子どもを育てやすい環境づくりに乗り出した。
 「平成の大合併」には加わらず、単独の道を選択した村は、08年に当時東北で初めて中学3年生までの医療費を無料化。09年には県内初となる3歳児以上の保育料を無料にした。その後対象をさらに広げ、17年現在で医療費は18歳まで無料、保育料無料化は0歳児から適応される。ほかにも妊産婦健診や中学生までの任意予防接種の全額負担、3年以上の居住で第2子以上への出産・入学祝い金も支払われるなど、子育てに対する支援は手厚い。
 15年春には全国的にも珍しい中学校教育の事務委託を開始し、西目屋中学校を隣の弘前市立東目屋中学校へと実質統合した。「事務委託がなければ15年度には複式学級ができていた」と長利教育長。学級数が減れば配置される教員数が限定され、専門外の教科を教えなければならない教員の負担や生徒への影響などを考慮した決断だった。
 保護者や地域の理解は深く、事務委託をしたことで生徒たちは弘前市内の中学校と同等な教育環境で勉学やスポーツ活動に励んでいる。
 村唯一の教育機関である西目屋小学校は、小規模校(12学級未満)のモデルケースとして注目が集まる。児童数は08年度の64人から16年度は45人と減少傾向に歯止めはかからないが、45人のうち約4割が村外出身家庭の子どもたちだ。
 小規模校ならではのアットホームな雰囲気で伸び伸びと学ぶ児童の後ろには「保護者からの厚い信頼がある」と長利教育長。大きな自治体では教育方針などが各学校に伝わりにくい部分があるが、村では教育委員会と現場の教員らの距離が近いため、「一つの意識で進んでいくことが強み」(長利教育長)となっている。
 教員からの人気も高い。長利教育長によると、数年前までは西目屋小への異動を希望する教員は少なかった。だが、教育に力を入れ始めてから希望数は増え、今では人気校という。
 小規模校の強みを生かした取り組みとして、西目屋小はいじめなどが原因で引きこもりや不登校になった村外の児童の受け入れにも積極的に門戸を開ける。同校の福井淳悦校長は「少なくとも保育園から中学校までの10年くらいを、村で子育てするのも選択肢としてあるのではないか」と語る。
 12年前に弘前市から村に移住した運送業の中島和也さん(45)は、妻の香さん(39)と小学5年生の長男、3年生の次男、1年生の三男との5人で定住促進住宅に住む。
 安くて広いアパートを探していたところ、村の住宅が条件に合ったため、当時4カ月だった長男を連れて移住した。「定住するつもりはなくて、軽い気持ちで引っ越した」と香さん。中島さんは「(西目屋は)遠くて不便というイメージがあったし、知らない土地で暮らす不安はあった。でも不安はすぐ無くなった」と振り返る。
 村教委が主管する放課後児童クラブで働く香さんは、PTA活動にも忙しい。「人数が少ないので何かしらの役割は回ってくる」と言うが「村に住んでいなければ、3人目はもうけられなかったかもしれない」とも。村民として「若い人たちや子どもが増えて活気ある村になってほしい」と願う。
 県内最小である村の人口は現在1400人を切った。村では昨年末、新たな定住促進住宅が完成。今回県外から初となる子ども連れの家庭が入居を予定している。白神山地の豊かな自然と「子育て応援日本一の村づくり」宣言を基盤に、人口増加へ向けて村は着々と歩を進めている。

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県立高校再編=3

2017/1/4 水曜日

 

2017年度以降の10年間で、本県の中学校卒業予定者は約3100人の減少が見込まる。高校の選択肢の幅が狭まる中で、地域で意見交換会が開催されるなど高校再編をめぐる議論は加速している

 2017年度以降の10年間で、本県の中学校卒業予定者は約3100人の減少が見込まる。エリアが広いといった地域特性から高校の統廃合を進めにくいとされてきた西北地区でも、学級減や統廃合は免れず、その動きはさらに具体化していく。学校の選択肢などが狭まる中で子どもの学力や家庭環境、生活事情に合った、生徒が望む教育環境づくりをどう考えていくべきなのか、地域の議論が加速している。

 県教委は18年度以降の県立高校再編に関わる基本方針を昨年8月に決定。学校配置の考え方として、大学進学などに対応する「重点校」、専門科目を幅広く学び職業教育の核とする「拠点校」、通学困難地域に配慮した「地域校」、計18校の案を示した。
 西北地区では重点校に五所川原、拠点校に五所川原農林が選ばれ、中核的な役割を担い一定の学校規模を保つ重点校と拠点校が、他校と連携することで、教育の質の確保・向上を図るという。
 小泊地区から五所川原市内の高校に通う子どもの40代の父親は、再編方針に理解を示す。小泊地区では五所川原市内の高校に通う際、スクールバスで月2万円弱の定期を購入し約1時間半かけて通学しているといい「昔は五所川原市内の高校に通うためには下宿で月78万円掛かった。バスが通ってからは高校の選択肢が増えた」とし「学科や規模部活環境も含めて望む教育を受けさせてあげたい」と五所川原市内への一定規模の学校集約に肯定的な意見だ。
 一方、家庭の生活事情などをくみ、地域にある程度学校を残してほしいと要望する声もある。中里地区の50代男性は「生活は苦しいが子どもを高校に行かせたい地元高校存続を」とし、高校進学の意欲があり、地元に残り地域を支えたい子どもたちもいると指摘する。

 西北地区の地域校は木造深浦校舎、中里の2校。統廃合対象をめぐり、重点、拠点、地域校に名前が挙がらず、存続に危機を感じる地域もある。昨年12月、五所川原市金木地区では18年度以降の県立高校配置について、金木高校PTA、同校後援会、同校同窓会が意見交換会を開いたが、焦りや不安が出席者の口をついた。
 金木地区は作家太宰治の出身地としての知名度だけでなく、斜陽館や地吹雪体験ツアーといった仕掛けで観光や街おこしに対する意識が高い。意見交換会では「特色ある地域の高校を失っていいのか」「子育て世代が地域にいなくなると活気がなくなる」と地域の衰退へつながりかねない状況を危惧した。
 ただ、西北地区の1~3学級規模・6校の志願・入学状況(16年度)をみると、1倍に達した高校はなく、金木高校は志望者も減少傾向で第1次志望倍率が0・36倍にとどまる。学校関係者からは、定員割れの現状から「存続に向け高校の“魅力化”を進めるべき」といった生徒に選ばれる“努力”を求める声も上がった。
 基本方針では地域校について、1学級規模の学校は募集に対する入学者の割合が2年連続して2分の1未満となった場合、募集停止に向けた検討を始める―といった“条件”が示されている。中里地区の男性は「このままでは金木、中里ともに無くなってしまう」と危機感を募らせ、小泊地区の男性も「特色という意味で地域柄、漁師になりたい子どもがいるがこの地区では水産関係は学べない。必要な教育環境を考えるべき」と要望する。
 呼び掛け人の斎藤真紀子金木高校PTA会長は「閉校を待つのではなく、何ができるのか積極的に議論を尽くしていくことが大切だ」と議論の加速を訴えた。
 今回の高校再編について、県教委は昨年9月から県内6地区ごとに意見交換会を開催。17年度に、第1期実施計画(18年度から5年間)が決まる。各地域でさまざまな声が上がる中、高校再編をめぐる問題は地域の声をどこまでくみ上げることができるのか、難しい局面を迎えている。

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定時制高校=4

2017/1/5 木曜日

 

竹ケ原さん(左から2人目)らが仲間と過ごす市浦分校の放課後

 定時制高校に通う生徒たちにはさまざまな環境、生活があり、通うことになった経緯も多岐にわたる。昔に比べ、働きながら学ぶ生徒は少なくなったが、生徒の多様性を受け入れる場所としても重要性を増している。
 昨年10月、尾上総合高校で第66回県高校定時制通信制生徒生活体験発表大会が開かれた。ある女子生徒は家庭環境の変化に伴い中学校で不登校になったが、定時制高校の存在を知って進学。「同じような経験の人が多く、分かり合えた」と高校生活を振り返る。
 別の男子生徒は専門課程の高校に通っていたが「気付けば、自分と周囲の生徒との間に温度差ができていた」。不登校後は周囲の励ましで定時制高校でのやり直しを決めた。「いろいろなものを失ったが、それを補えるくらい可能性を見つけた」と定時制に感謝の言葉を述べる。
 一方で、少子化に伴い県内定時制高校の在り方が見直されている。津軽地域ではこれまで、弘前中央高校定時制と黒石高校定時制が閉課程となった。
 五所川原市の県立金木高校市浦分校(昼間定時制)は2017年度末の閉校が決まった。1年生が現在いないため、当初予定の18年度末閉校を早めた。
 もともとは1953年、地域の子どもたちに高校教育を受ける機会を増やそうと旧相内村が独自に設置。現在は市が施設を管理運営し、県費で教職員派遣を受けている。
 生徒数は2年生9人、3年生4人と小規模だが、白濱卯教頭は「心にハンディキャップ的な部分を抱える生徒たちの、受け皿としての側面がある」と、同校が果たしてきた役割を指摘する。
 生徒数が少ないからこそ、生徒一人ひとりと向き合う時間は濃密だ。「ここで学ぶ生徒は、不登校時代などの失われた時間を取り戻すように急激に成長する」と白濱教頭。「管理職となる前にここへ赴任し、もっと思い切り生徒たちと向き合ってみたかった」と笑う
 中学生時代に不登校だった同校2年竹ケ原藍花さん(17)は「市浦分校に来て、学校での学びが楽しいと思えるようになった」と話す。地元十和田市から親元を離れ、下宿しながら通学する生徒だ。
 新しい環境で高校生活を送りたい―と決心し、海と山に囲まれた市浦分校の環境に心引かれて入学。「昔は先生は『先生目線』でしか向き合ってくれないと思っていたが、ここでは先生が『生徒目線』にもなってくれる」と話し、「市浦分校がなかったら自分がどうなっていたか想像できない」と苦笑する。
 開校から60年余り経て、巣立った卒業生は400人余り。白濱教頭は「400人が多いか少ないかでいえば、多くないだろう」としつつ、「市浦分校がなければ高校教育を受けられなかった生徒が400人いたかもしれないと考えると、設置した地元を誇りに思っていい」と話す。
 少子化に伴う定時制高校の在り方を見直す流れは、やむを得ない。しかし、全日制と異なる形で多様な生徒を受け入れる定時制の可能性をいかに残すか、改めて考える必要性はありそうだ。

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