奥津軽トレイル体験記~運動不足でも歩けました~

 

2016/5/8 日曜日

 

 五所川原市金木町のNPO法人かなぎ元気倶楽部が、津軽半島の青森ヒバ林と森林鉄道軌道跡を巡るトレッキングツアー「奥津軽トレイル」を、今年から本格的にスタートした。奥津軽でどのような魅力と出合えるのか、トレッキング初心者の記者がツアーを体験した。

∆ページの先頭へ

装備を整えいざ出発!=1

 

スタート地点の林道に入り、ガイドの説明を聞きながら歩く参加者

 アラフォー、高校卒業後は運動らしい運動をせず、ここ数年の取材はほぼ車移動と、昨今の健康ブームに完全に乗り遅れた記者。トレッキングについては全くの初心者だ。
 当初スニーカーで参加しようと考えた無知な記者だが、装備に関して元気倶楽部に相談すると、トレッキングシューズは準備してほしいと言われ、専門店で購入する。他の装備については、雨天取材などで使用する防水リュックサック、ジャケットを使用。発汗後にすぐ乾かない綿は、山で着る素材として向かないということも知らなかったたため、ポリエステル系の衣服も準備した。
 参加したのは青森ヒバの巨木を見ることができる「青森ひばの神木コース」。距離は16キロ。初心者としては非常に不安な距離だが、森林鉄道の軌道跡は急勾配にはない―との元気倶楽部の言葉を信じ、いざ出発。

∆ページの先頭へ

一般禁止の国有林進む=2

2016/5/9 月曜日

 

金木で発生した大山火事により焦げ、今もその姿を残す青森ヒバ

 今年最初のツアーが実施された4月16日、参加者は五所川原市金木の津軽三味線会館に集合した。秋田県や青森市、鶴田町などから男女6人が参加。参加者はジャンボタクシーに乗り、スタート地点となる林道に向かう。
 ガイド役の伊藤一弘さんは道中、「この車が走っている道路も、かつて森林鉄道が走っていた」と説明する。森林鉄道の線路跡は道路のほか水路などに整備され、今も住民生活に役立っているのだ。
 出発点の林道には、「一般通行禁止」の文字が。奥津軽トレイルのコースは国有林の中を進むことが多い。一般には入れない場所を、元気倶楽部が許可を取ってくれるのが特徴の一つだ。
 最初は緩やかな坂道が30分程度続くが、ゆっくり歩くため初心者でもさほどつらくない。休憩を挟みながら、蓬田村と金木地区の境界に位置する大倉岳を見られる地点にも案内される。天候が良ければ八甲田山系が見える場所もあるという。
 林道から見える斜面に、黒く焦げたヒバの切り株が多数ある場所も。1972年に発生した山火事の跡で「金木から夜も火が見えた」と、伊藤さんが当時のエピソードを紹介してくれる。地元にいても知らないことは多いと実感させられた。

∆ページの先頭へ

歩き疲れ癒す七ツ滝=3

2016/5/10 火曜日

 

森林鉄道が走っていた時代、水力発電にも利用されていた七ツ滝

 4月中旬ながら、山中にはところどころ雪が残り、山奥に逃げ込む白ウサギの後ろ姿を目撃する場面もあった。少し息を弾ませながら坂道を越えると林道はなだらかとなる。未舗装だが歩きやすい。
 一同は森林鉄道が使われていた時代、山で働く人のための作業所に電力を供給していた、水力発電所跡に案内される。七ツ滝と呼ばれる滝の落差を利用したもので、作業所での明かりがランプから電灯に変わり、ラジオも聴くことができるようになったという。
 滝そのものが見ていて気持ちがよく、歩き疲れを癒やすように見入る参加者が多かった。さらにこの滝の近くには、モリアオガエルの繁殖地もあった。
 モリアオガエルは水中に白い泡状の巣を作り、産卵するのが特徴。金木町喜良市地区ではモリアオガエルの卵塊で稲作の豊凶を占う風習があり、卵塊が多いほど豊作とされたという。ツアー日は水中に複数の卵塊が浮かび、水中を泳ぐサンショウウオも見ることができた。
 またヒバとスギの葉の違いを説明されたり、高級な楊枝(ようじ)に使われるクロモジが自生する様子を教えられたりする。歩くだけではなく、自然観察を楽しめるのがトレッキングの魅力と知った。

∆ページの先頭へ

森林鉄道運行の“形見”

2016/5/11 水曜日

 

こけむした姿ながらも今も残る、青森ヒバで造られた森林鉄道の木橋跡

 休憩を何度か挟みながら歩き続け、時折川沿いに残る森林鉄道が走っていた木橋跡を目にした。森林鉄道は1909年に本線開通し、67年に廃止された。今も一部残る木製の橋を、50年近くたっても見ることができるのは、青森ヒバの耐久性によるところが大きいという。
 一同は当時の姿をかなり残しているという木橋跡に向かう。奥へ行くほど道は残雪に覆われ、ザラメ状の雪を踏んで歩くのは初心者にとって少々つらい。
 一方で雪や深い水たまりを歩いても中まで水が染みてこない上、歩き疲れを軽減するトレッキングシューズの威力を実感。当初自分がうっかりスニーカーで来るつもりだったことを思い返し、その場合の悲劇を想像してぞっとしたのだった。
 歩き続ける一同は次第に無口になるが、道が開けた先に見える木橋跡に、「すごい」「立派」という声が上がった。伊藤さんは「以前はもっと形が残っていたが、崩壊が進んでいる」と指摘。修理する必要のない木橋跡だが残したい―という思いが、奥津軽トレイル関係者にある。
 「使われた時代をかなり過ぎても、頑張って残っている木橋跡に感動した」という参加者の言葉が印象的だった。

∆ページの先頭へ

Page: 1 2