〈おまけのように陽(ひ)が昇る〉と。このような感覚で俳句を詠む俳人には降参するしかない。俳句に何の打算も感じられない。私には良寛か小林一茶の感覚に近いのではないかと思われる。対象に向き合う「自分」が何者であるのかという意識の違いが大きいのであろう。『新青森県句集第28集』所収。