「雑草という草はない。それぞれに名前がある」。牧野富太郎の言葉。雑草の呼名は人間の側の論理。少し視点を変えてみれば、地球上で同じ命を営む仲間だと気づく。慈悲の心が湧きはするが、背に腹は代えられないとみえて、せっせと草をむしる。如何(いか)にも人間的な。『新青森県句集第28集』所収。