長引く不景気にも齊藤さんは「勉強する時間ができる」と前向きに考え「地域のために仕事をしたい」と話す
ヒバとカツラの埋もれ木を使ったさや型の組子で青森県の地図をデザインしたついたて

 まるで編み物のように精巧で複雑に木を組んでいく組子。少しのずれが全体に影響する「コンマ幾つの世界」だ。
 中学校卒業後、親の勧めに従って弘前市の建具屋に住み込みで働き始めた。この世代が金の卵と言われた時代で、親も手に職があった方が安心と考えたようだ。「でもそれは昔のこと。仕事の少ない今では、子供に勧められる仕事ではない」と笑う。厳しい職人の世界は「今でいえば相撲部屋と同じ。先輩、後輩がはっきりし、親方も経営者ではなく職人だったから仕事に厳しかったのだろう」と話す。自分で見て、考えて、覚えていかなければならず、逃げ出したいと思うこともあった。しかし、そこで出合ったのが組子の魅力であり「組子を知る師匠に弟子入りできてよかった」と感謝する。
 その建具屋が廃業したことで一念発起し2003年、53歳で弘前市高屋に「建具工芸・齊藤」を開業した。景気低迷のまっただ中で、昔を知る周囲からは「もう少し(開業が)早ければよかったのに」と言われたという。しかし本人の認識は違う。「昔は仕事の少ない冬が勉強の時間だった。仕事がないから勉強できる」と前向きで、暇をみては組子に取り組むようになった。
 細かく計算されたパーツを幾つも作り、それを組み合わせていく地道な作業で、ついたて一つを完成させるのに8時間労働で4カ月を要することもある。日本的な美を表現する伝統技術ではあるが、大量生産時代、住宅の洋風化の中では職人も減る一方。「伝統を絶やしたくない」と、組子を知ってもらうために作品展を開くようになった。
 ただ建具は通常、受注後に作るもので、展示のために事前に作ることは非一般的。加えて同業者に煙たがられる可能性もある躊(ちゅう)躇(ちょ)していた時、付き合いのあった書家・刻字作家の故山内清城さんの「くさす人がいても、喜ぶ人もいる」という言葉に背中を押された。
 「個展では驚かれ、喜ばれて、うぬぼれてみたり」と笑いながら「作ってよかったという喜びでいっぱい」。多くはないが注文もあり「需要があれば同業者もやろうと思ってくれるのでは。伝統の技術が継承されるとともに、業界全体が活性化するはず」と夢を膨らませる。その夢は「(注文してくれることで)周りが与えてくれるもの」と人のつながりを大事にし「地域のために働いていきたい」と話す。