![]() |
| 朗読劇を前に打ち合わせする佐々木さん |
「始まりと終わりがあるのが物語。それに違和感があった。そして、次へとストーリーを進めるための奴隷のように、言葉が統御されていることに疑問を持った」のが小説ではなく、詩に取り組んだ理由だという。「生活に密着し、言葉を使って伝えること(詩)が自分の性に合っているのかも」とも。
詩に目覚めたのは小学5年生の冬。「吹雪の中を歩いて学校に向かっていた
とき、まるで洪水のように言葉が出てきた。びっくりして、それを書きとめて
先生に見せたら、発表してくれた」という。6年生になると、同級生らの俳句や短歌を集めて本にしたり、壁新聞を作るようになった。
「自分の作品を見てほしかったのだろう。書いたら見せたい、何か言ってほしい、褒めてほしいと思った」と笑う。作った詩を自分の力で発表するという行動は、現在まで続けてきた朗読に通じているようだ。
高校時代に雑誌に詩を投稿し、入選したことで、寺山修司から「舞台版『書を捨てよ、町へ出よう』をつくるので出てみないか」と誘われた。寺山が主宰する演劇実験室「天井桟敷」で詩を読むようになり、その後の活動に大きな影響を及ぼした。
「印刷したものを読むのではなく、その状況の中で生まれてくる言葉が良いのだろうが、そううまくできない。見たものを消化し言葉に変換するには時間が必要。だからせめて暗記して読むスタイルにしている」と話す。10日に青森大学で開かれる国際寺山修司学会でも「声は肉体を共鳴機にすることで、肉体表現にもなる」という考え方の下、ストレートに訴えかける計画だ。タイトルは以前に行った公演同様「隠遁へのメタファ」だが、地元学生らも参加する舞台となるため「同じ山を別ルートで登るようなもの」と、方向性は同じながら別のものになった。
ただ、舞台での朗読も今回を最後に休止する。「この1年半、二カ月に一回のペースで行ってきた。舞台も創造ではあるが、消費の度合いがどんどん大きくなった。舞台をしている間は生活実態から離れている時間。詩を生み出す生活の現場にいられず、自分がふわふわしたものになったら、書いた詩もふわふわしてしまう」という危機感があったからだ。
「職業的な作家ではないから生きるのが基本。いかに自分らしく生きるか。その中で独りよがりにならない作品を作っていきたい」と、原点である生活に根を下ろし、新しい創作活動の一歩を踏み出す。



.jpg)








