十二月のある日、鹿児島市で行われたかごしま弁フェスティバルに招かれて鹿児島を訪れた。かつては鹿児島の人と青森の人が出会ったら、ことばが通じなくて困ったので、お互い謡曲の言葉を使って意思の疎通を図った。だから、全国どこででも通じる標準語・共通語が必要であると、国語の教科書にも例として挙げられてきたほどの方言差があるところだ。
 現在、鹿児島では市内と周辺地域とでは様子が異なるところもあるが、アクセントやイントネーションはかなり方言的な要素を残している一方で、特に市内では単語や文法は共通語化が進んでいる。若い世代の方言色は薄くなってきていると言える。そんな中で行われているかごしま弁フェスティバルは、プロもアマチュアも関係なく、鹿児島弁を使った演劇や紙芝居、歌、詩や遊びのような文化的なものもあればコントや寸劇などのお笑いもあり、演じる方も観る方も、とにかく地域の人々が楽しむお祭りの二日間である。また、方言土産の定番のひとつである方言ハガキ・方言てぬぐい、新しいところでは方言で作るLINEスタンプや、方言クリアファイル・石で作った方言ペーパーウエイトなどの販売など、方言グッズの販売も盛んだった。方言が商売になる熱気のすごさを感じた。地域の人が方言に寄せる関心は、大きな力だ。
 私は、医療や福祉の現場で方言が通じない問題や、方言が現場ではどのような活用のされ方をしているのかについて講演を行った。その中で、かつてこの地域で、方言撲滅のための道具として用いられた「方言札」という首から下げる木札のことを話した。標準語を身に付けるために、学校で方言を使った子の首に下げさせ、方言を使った罰として用いられていた。すると聴衆の一人が、自分も下げたことがあると体験を語ってくれた。方言札を首からかけたままでいるのが嫌なので、周りの友達が方言を使わないか見張っていて使ったらすぐにその子の首にかけたことなど、懐かしいと思えないでもないが、少年時代の苦い思い出だそうだ。しかし、それでも方言は残った。
 実は鹿児島に行く前、札幌で、ユネスコにより「絶滅の危機にある言語」として大変深刻な状態にあるとアイヌ語のサミットに参加した。自分たちの文化であるアイヌ語を若い世代も話せるようにするためにどのような努力をしているかその様子を学んだが、残念ながらこちらの現実は大変厳しいと言える。
 各地の生活にあった生活の知恵そのものを含んだことばを失うことは、大きな文化的な損失である。アイヌ語も鹿児島弁も津軽弁も南部弁も、博物館に展示されていないけれど、後世に受け継ぐべきかけがえのない宝なのである。
(弘前学院大学文学部教授 今村かほる)